大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて

解いていく

「む、ようやくこの一文を解読できました」

 エドに閉じ込められて三日目。
 暇を持て余していたので、本棚の中にあったダレンの本を読み解いている。

 古語で書かれているのはダレンの研究の成果だった。教本に書かれている魔法に自分なりに手を加え、より早く魔法を発動させる方法や、より威力を増幅させる方法を編み出していた。

「これは……植物の成長を促進させる魔法の応用で回復薬の効果を増幅させるための方法が書かれているのですね」

 私は魔法に詳しくないけれど、大魔導士シンシアの言う通り、彼は天才なのだと思う。 
 本に書かれている知識に更なる可能性を見出せるほどの人物なのだから後世に名前が知れ渡っていてもおかしくないと思うけれど、何故か彼の名前は知られていない。

(一体、何があったのかしら?)

 彼の存在を証明する文献が紛失してしまったのか、それとも彼が大魔導士になれないよう暗躍した存在がいたのか……。

 そのようなことを考えながら残りの文字に目を走らせる。

「……『これを惚れ薬に応用。しかしお師匠様には飲んでもらえなかった。薬に含まれる魔力の気配に気づいてしまったらしい』。……」

 淡々と描かれている一文から、彼の狂気じみた想いを察してしまう。

 街で出会ったおじいさんが話していた通り、《おししょうさま》への並々ならぬ執着心があったのは確かなようだ。

「ダレンは、可愛いけれど手のかかる弟子だったようですね」

 日記に書かれていた大魔導士シンシアの言葉から察すると、彼女は本当はダレンを破門したくなかったのだろう。
 
(そういえばまだ、日記を最後まで読んでいなかった)

 本棚から取り出そうと日記に手を伸ばしたのとほぼ同時に、扉を叩く音が聞こえてきた。
 手を引っ込めて返事をすると、エドが部屋の中に入ってくる。 

「フィー、何か必要なものはありますか? すぐに手配しますので言ってください」
「今のところ何もかも事足りているので大丈夫です」
「退屈しのぎになる本や刺繍道具などはどうですか?」

 気にかけてくれるエドの優しさが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。

「ここにある本を読んで過ごしているので新しい本は必要ありません」
「どの本を読んでいるのですか?」

 エドの視線が机の上にある本に注がれる。
 まるで本に誘われているかのように、ゆったりとした足取りで机に近づいた。

「ダレンという名の魔導士が所有していた教本です」
「……っ」
「旦那様?」

 突然のことだった。エドは片手で口元を押さえ、小さく呻いたのだ。

 まさか病にかかっているのでは、と不吉な予感を感じ取ってしまい、エドに駆け寄る。
 
 女神様、どうかエドを奪わないでください。
 身分もを奪われても自由を奪われても耐えることはできますが、エドを失えば私はまた感情を手放して人形のように生きることになるでしょう。

 エドが身に纏うロイヤルブルーの上着を握りしめ、そう祈った。

 すると、エドの手が重ねられる。

「もう一度、その名を言ってください」
「え? 名前?」
「本の持ち主の名前です」
「ダレン――……?」

(どうして?)

 胸の中で、釦をかけ違えてしまったかのような違和感が生まれる。
 目の前に居るエドは、まるでその名前で呼ばれるのを待ち焦がれているような、そんな表情を浮かべているのだ。 

「フィーはこの本に挟まれている手紙の内容を読みましたか?」
「いいえ、まだです。手紙があるのを知りませんでした」
「ここにありますよ」

 エドの手が慣れた手つきで本を捲る。
 本の後ろの方にある頁に、二枚の紙が挟み込まれていた。

 手紙は全て古語で書かれており、ごくごくわずかな単語を読み解くのがやっとだ。

「これには契約魔法について書かれています。どのような魔法なのか、そしてどのようにして掛けるのかを詳細に伝えているのです」
「契約魔法の……?」

 禁忌の魔法についての記述なら、悪用されないよう古語で書いているのも納得できる。

(エドはこの手紙を読んであの魔法を学んだのかしら?)

 首元にある金の環に触れれば、エドは満足げに頷いた。
 私の手を取ると、自分の首元に導く。

「フィー、この手紙を読み解き終えたらその時は――私に契約魔法をかけてください」
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