十年降り積もった惚れ薬
満月の夜のこと。暗い庭、すすり泣く声に誘われて出逢ったのは天使。
「どうして泣いているの?」
涙をたっぷり浮かべてそこにうずくまっている子は男の子なのか、女の子なのかわからない。確かなことは、天使のように美しいということ。
長いまつげは涙に濡れて、滴り、ぽたんと落ちた。
「あなたの涙、きらきらね」
天使の隣に座った私は声をかけた。天使はまだ泣き続けている。
そうだ、お母様がいつもくれるおくすりをあげよう。
「元気が出るおくすりをあげるわ」
「おくすり嫌い」
天使はぽつりと呟いて、涙がまたこぼれる。
「大丈夫よ、私のお母様は天才の魔女なの。いつも元気が出るんだから」
「苦いのやだ」
「飲み薬じゃないから安心して」
私は天使の前髪にそっと触れた。さらさらの金髪。その隙間から涙が浮かんだサファイアが覗く。本当に天使だ。
天使の前髪を少し掬って、私はおでこに小さなキスをした。
どうか痛みが取れますように。
「はい、おくすり。苦くないでしょ?」
「うん」
「ほら涙も止まったでしょう?」
「うん、ありがとう」
涙が止まってもキラキラの瞳のまま、天使は笑顔を私にくれた。
・・
それから十年。天使は今も私といる。
「リーナ!」
次の授業に移動しようと渡り廊下を通っていると、中庭から走ってくる姿がある。もう誰が見ても少女には見えない。天使というには大きすぎて、ニコニコと駆けてくるその金髪はゴールデンレトリバーみたいだ。
「リーナ、お願い!……おくすりちょうだい」
私のもとに元気よくやってきたルノは顔を近づけると声を潜めて耳打ちした。
「すごく元気そうだけど?」
「それが全然元気じゃないんだよ。今から実習訓練があるから緊張で手が震えてて……こんな震える手で剣を持ったらケガしてしまう、リーナのおくすりがないと元気が出ないんだ」
お願いお願い!と潤んだ瞳に私は弱い。
顔はあの時のままの天使。いや、顔も完全に大人ぽくなっているけれど。変わらずルノは美しかった。
「仕方ないなあ」
「いいの!?ありがとう!」
ルノはパッと顔を輝かせて、私の手を取って中庭に連れ出すと、建物と建物の間に移動した。明るい庭園から薄暗い物陰に移動すると、後ろめたい気持ちになる。
ルノは自分から髪の毛をかきあげて私がキスをしやすいように目を瞑ってかがんだ。
顔をおでこに寄せると彼の髪の毛がぱらりといくつか落ちてきて、私の頬をくすぐる。
たった三秒のキスを終えると、ルノは目を開けてすぐに満面の笑顔を私に向けた。
「ありがとう!震え止まった!リーナのおかげだよ!実習がんばるね!」
「頑張ってね」
「じゃあいってきまーす!」
ぶんぶんと手を振ってルノは走って去っていった。私はそれをパタパタと顔を仰いで見送った。まだ髪の毛の感触が頬に残っている。
・・
出会いは七歳の時。
私の両親は田舎にぽつんと立っている魔法薬屋を営んでいた。両親の治癒魔法や魔法薬は有名で、遠く離れた王都からもたくさんの人が訪ねてきた。ルノもその中の一人だった。
ルノのお父様は騎士団の幹部だったが、戦で負傷して歩けなくなってしまった。一時的な治療では完治できないため、田舎に引っ越して長期療養になったのだ。
ルノがあの日泣いていたのもお父様のケガを心配していたから。
そして私はその日、ルノに初めておくすりをあげた。
それは私が風邪を引いたり、転んだり元気がない時にお母様がくれるおくすり。
「このおくすりは苦くないし、痛みが取れるだけじゃないの。胸がほんのすこしあったかくなるでしょう?」
「このおくすりは身体の痛みだけでなく、心の痛みも和らげるのよ」
お母様はそう言っていつもおでこにキスをしてくれた。それは薬でも治癒魔法でもなく子供のためのおまじないだったが、私には何よりもよく効く薬だった。
だから、目の前の天使の傷が癒えるように、とお母様の真似をしておくすりをあげたのだけど。
それから十年ずっとおくすりを処方し続けるだなんて思わなかった。
・・
初めておくすりをあげた日から、私とルノは仲良くなった。
田舎の地に薬を求めて来る人は多いものの、住んでいる人は少ない。同世代はあまりいなかったし私たちは自然と遊ぶことが増えた。いつしか毎日のように私たちは共にいた。
ルノが風邪を引いた時、転んでケガをした時、ご両親に叱られた時。
泣き虫のルノはいつだって大粒の涙を流したから、私はお母様の真似をしてルノのおでこに小さなキスをした。ルノの涙がひっこむのが嬉しかったし、憧れのお母様に近づいた気がした。
二年たって、ルノのお父様の足はすっかり良くなった。ケガを機に騎士団は辞めてしまわれたけど、ルノの稽古を始めたようだ。
ルノは毎日傷だらけになり、毎日べそべそ泣いていた。
私はルノにおくすりをあげて、ルノは笑顔を返してくれたけど、このおくすりではルノの身体についた傷は消えないことをこの頃の私はもうわかっていた。
その日もルノは稽古で擦り傷をたくさん作って、私の前で泣きながらやってきた。私たちが十歳になった時だ。
「リーナ、おくすりくれる?」
店の前で掃除をしていた私は頷いて、私たちはいつもの場所に移動した。
たくさんの薬草を育てている我が家は庭がとても広い。その中に部屋ひとつ分ほどのテントがあった、暗い場所でしか生えない薬草のために作られた場所だ。私たちはその中に入り、草花の邪魔をしないようにそっと隅に座った。暗いけれど薬草たちの光が淡く光るここは私の心の避難場所だった。今はルノと私、二人の居場所だ。
私は隣でシクシク泣いているルノのおでこにキスをした。それからルノは泣き止んで、今日の出来事を話してくれる。このひとときが私は好きだった。
最初は痛かった、怖かった、がルノの涙の理由だったが、この頃は悔しかった、が主な理由になっていて、それを語るルノはかっこよく見えたのだ。
「僕はお父様の夢を引き継ぎたいんだ」
「お父様の夢?」
「お父様は騎士団長になる予定だったんだ、僕も将来は騎士になってお父様の夢を叶える」
柔らかな光の中で夢を語るルノは精悍な顔つきをしていて、少女のように可憐だったルノの面影は全くなかった。
「それじゃあ私はヒーラーになるわ」
私にも夢が出来た。元々両親の魔法薬屋を継ぎたいとぼんやり思っていたけれど、私も治癒魔法や魔法薬を極めたい。
おまじないのおくすりだけでなくて、ルノの身体の傷を癒せるように。ルノの身体も守れるように。
・・
夢を叶えるべく、私とルノは十三歳から王都の魔法学園に入った。 規模の大きな学園で、私はヒーラークラス、ルノは騎士クラスと専門の勉強をしている。
そしてこの頃から私はルノにおくすりをあげることに疑問を感じた。
一つ目の理由は、私がルノを回復できるようになってきたこと。入学してますます傷が増えたルノに治癒魔法をかけたり、薬を塗ったり。
おまじないのようなおくすりに頼らなくても、ルノを癒やすことが出来たから。
二つ目の理由、これは私の問題だ。
いつしかルノの身長は私を越えて、身体つきも男性になってしまった。子供の頃のように、無邪気で得意気なキスはもうできない。
いつもの二人の場所がなくなって、学園の誰もいない場所を探して暗がりで行うキスは、なんだかいけないことをしているみたいで。
お母様が私にくれたおくすりとは随分違うものになっていた。
入学してから半年ほど経って、私はルノに言った。
「もうおくすりは卒業しない?」
「どうして?」
「私はルノの傷を治せるようになってきたわ。おまじないのおくすりじゃなくて本当の薬や治療が。それに私たちもう子どもじゃないし――」
「絶対に嫌だ!」
いつもニコニコしているか、泣いているか、そんなルノしか見ていなかったから、怒ったルノを見たのは初めてだった。
「リーナは言ったよね、このおくすりは心の痛みをとってくれるし胸があったかくなるって」
「うん」
「僕学園が怖いんだ。のんびり暮らしていた僕たちの街と違ってここはたくさん人がいるし。リーナといない時は不安なんだ。だからおくすりをやめないで」
身体はもう私もより二回りも大きいのに、不安で瞳が揺れるルノは出会った頃の小さな子どものようだった。
私も新しい生活は不安だった。これだけたくさんの同世代に囲まれたこともなくて人間関係は難しかったし、薬草や治癒魔法には自信があったのにいざ専門的な勉強をすると覚えることがたくさんあって自信も萎んできていた。だからルノの心細さはよくわかる。
「私もたくさん不安なの、同じ気持ちだね」
「同じ気持ちかな?」
ルノは真面目な顔をして言った。不安な瞳は消えて私をじっと見ている。
「うん」
「じゃあ僕からもおくすりをあげるよ」
まるで花嫁のベールをあげるかのようにルノは私の前髪をあげて、おでこに軽くキスをした。
「リーナでも不安になるんだね。一度もリーナの泣いたところを見たことがないからリーナは最強なんだと思ってた」
「まあルノよりお姉さんだからね」
「誕生日が五日早いだけだよ」
ちょっとルノはむくれた顔をしてみせた後、嬉しそうに続けた。
「でもリーナも僕と同じ気持ちなんて嬉しいな。どう?僕もおくすりちゃんとできた?不安はとれてちょっと胸があったかくなった?」
「うん、ありがとう」
私は初めてルノに嘘をついた。本当はおくすりは大失敗だ。
不安はなくならないどころか広がってざわざわとするし、胸はあったかいというよりも痛い。
これでは傷を癒やすおくすりではなくて、惚れ薬だ。
・・
それからずっと私とルノのおくすり交換は続いている。
テストの点が悪かったり、魔法を失敗してしまったり、練習試合で負けてしまったり。私たちはもう十七歳になっていて、もうルノは泣き虫ではないし、見た目も中身も大人に近づいているのに、いつまでたってもおままごとのキスだ。
そんなおままごとでも、私はいつだって意識してしまうのに、ルノはいつだってへにゃへにゃの笑顔で子供から何も変わらず甘えてくる。
私達が通う学園が少し変わっている所はパートナー制度がある所だ。
専門性を重視してクラス分けされているが、実際の戦闘や仕事では他業種と協力することが多い。卒業後を見据えて、他のクラスにパートナーを作り共同授業も行われた。
騎士生は戦闘の際に使う魔道具クラスや魔法生物クラス、ケガをすることが多いので私達ヒーラー生だとかとパートナーになることが多い。
パートナーは希望制ではなく、学期ごとに成績毎に相手を割り振られた。
お父様のようになりたくて努力を重ねたルノは一番の成績を修めていたから、私はルノのパートナーになりたくて死にものぐるいで勉強した。
ルノには「あの両親の娘だから当たり前よ」と言ったが、両親は薬草学のスペシャリストではあったが、戦闘中の防御や回復は専門ではない。
私も両親と同じく実技は苦手だったから、夜にこっそり自主練を続けた。
ルノのお父様のように大事があってから治療するのでは遅い。私はルノの盾になりたかったし、いつでも傷なくいてほしかった。
そのかいあって私はずっと成績は一番で、ルノのパートナーとしてルノの治療をする事ができた。
この日も合同模擬戦の後、私はルノの治療を行っていた。
「あいつら僕のことを狙い撃ちして……卑怯だよ!」
模擬戦時の鋭い瞳のルノとはまるで別人だ。ふにゃふにゃした声で文句を言う。
「囲まれてたもんね」
模擬戦で優秀成績を修めれば学期末の成績が上がる。上位者を倒せばポイントが上がりやすいので、打倒ルノを掲げて手を組んだグループに狙われていた。
無数の敵でも別格にルノは強かった。だけど最後に乗っていたグリフォンを攻撃されて落とされたルノは激しく地面に打ち付けられてしまったのだった。その状態でもルノは攻撃を止めずに返り討ちにしていたのだけど。
「ごめんね、私の力が足りなかったの」
たくさんの敵に囲まれて私の盾が足りなかったし、即座にグリフォンを治療したり補助すればこんなことにはならなかった。
「僕がもっと早く反応すればよかっただけだよ!――うん、痛くない。やっぱりリーナの魔法は最高だよ。僕の身体と相性がいいんだよ絶対!」
痛めた身体を治療した後、ルノは前髪をかきあげた。
「でもすごく悔しかったからおくすりくれる?」
本当に悔しいのか疑う程ルノはニコニコとしていて、やっぱり模擬戦でのルノとは別の人間に見える。ルノは顔を近づけてくるから、私はおくすりをあげた。
「でもリーナ、僕より君のがおくすり必要なんじゃない?」
私が素直に頷くと、大きな手が髪をくすぐる。私の前髪がクルクルと、パスタのようにルノの指に巻き付いていく。そして無防備にさらされたおでこにルノはおくすりをくれた。
「ねえ僕のパートナーさん、今日のことはリーナのせいじゃないよ、リーナが後ろにいてくれるから僕は戦えるんだよ。僕のこと一番わかってるのはリーナなんだ」
ルノのおくすりと言葉は、心の傷を和らげてくれて胸をあたたかくさせてくれるけど、やっぱり心はひどくざわついて胸もチクチク痛い。
これは罪悪感だ。ルノが求めるおくすりと、私の求めるおくすりは違う。私が求めるものは下心が混じっている。
もうこんなおままごとはやめよう、そう言いたいのに言えないのはルノに触れられる密かな喜びが勝つからだ。
・・
ルノは「リーナのせいではない」と言ってくれたけど、それは幼なじみの過大評価だ。
現実は厳しくて、あの模擬戦での失敗がマイナスになり私は学期末の成績で二番になってしまった。
長期休み、ルノと地元に帰ることを楽しみにしていたのに。その直前に壁に貼られた成績を見て目の前が真っ暗になってしまった。
新しい一位の生徒を祝福する女生徒達をぼんやり眺める。そこにルノも現れた。
「ルノ、よろしくね!」
「うん、よろしくね」
新しいパートナー達は挨拶を交わした。私に代わってルノのパートナーになった女生徒はとても可愛くて、美男美女が並ぶとまるで最初からパートナーかのように似合っていた。
胸にどろりとした物が流れてくる。
誰もルノのことを治療しないで欲しい。あの身体についた傷をなくすのも、心を和らげるのも全部全部私がいい。
ヒーラー職を目指しているのに、人を救う仕事を目指しているのに。私が一人だけでルノを守れるわけないのに。
こんなことを思ってしまうなんて最低だ。自分に芽生える独占欲が恐ろしくて私はその場を逃げ出した。
・・
「リーナ、おくすりが欲しい」
私が家の庭の掃除をしていると、ルノがやってきた。
長期休みに突入して、私たちは地元に帰ってきていた。パートナー解消について私たちは何も触れなかった。なんとなく気まずくてそれぞれ家族と過ごしていたのだ。
突然やってきたルノに面食らっていると、ルノは私を引っ張っていつものテントに私を連れて行った。
ここに来るのはもう何年ぶりだろうか。あの頃と変わらない柔らかい光の中、私たちは並んで座った。
いつものように前髪をかきあげたルノに
「おくすりはもうやめにしない?」と私は言った。
自分で思っているよりも冷たい声が出た。
目を閉じていたルノはゆっくりと瞳を開けて、少しだけ驚いたようだった。その表情を見て、申し訳無さが込み上げた私はうつむく。
「ほら、私たちパートナーでもなくなったでしょ。おくすりは彼女からもらうべきよ」
「彼女にキスしてもらえってこと?」
「そういう意味じゃないけど……治癒は彼女がしてくれることになるんだから」
嫉妬でまみれた醜い言葉たちだ。でもドロドロした感情は止まりそうになかった。
「僕の心はリーナじゃないと救えないよ。身体の治療をしてもらっても、おくすりはリーナにしかもらいたくない。心が痛くなった時に僕を助けられるのはリーナだけだよ」
いつものふやけた声ではなかった、真っすぐで凛とした声がした。
ルノの言葉はすごく嬉しい、嬉しいけれど、ルノは私のおくすりでは胸が痛くならないんだ、と虚しさが広がった。
ルノは私を慕ってくれていて、頼りにしてくれているのに。申し訳なさでまた胸がぎゅっとする。
「リーナ、どうして泣いているの」
ルノの長い指が私に伸びて、彼の指に雫がつたった。掬えなかった涙が膝にポタリと落ちて、自分が泣いていることに気づく。
「初めて見た、リーナが泣いているところ。おくすりをあげてもいい?きっと涙が止まるよ」
私が顔をあげると、ルノは優しく微笑んでいる。大人びた表情に驚きながら私は首を振った。
「私はルノにおくすりをもらうと、だめなの」
「どうして?」
ルノの声は大人ぽくて、私は泣いたままの子供だ。いつもと逆だ、こんな私は恥ずかしい。でも涙は素直な気持ちも流していく。
「ずっと胸が痛いままで、全然よくならない。心もざわざわするどころかドロドロだよ!ルノのおくすりは全然回復薬じゃない。ルノのおくすりは惚れ薬かも。どんどん好きになるからおかしい。」
むちゃくちゃに思いのままを吐き出したけれど、言葉にしてしまえば、拍子抜けするほどシンプルな感情だった。
ずっと気付いていた気持ちなのだから、言葉にするとしっくりと身体に馴染んだ。
そうだ、私はもうずっとルノが大好きで大好きで苦しいんだ。
少しだけ沈黙が暗闇にとけてから
「うん、じゃあもうおくすりはおわりにしよう」
ルノは震えた声でそう告げたから、私の涙はまた地面に落ちたけれど
「リーナ、顔をあげて」
ひどく優しい声が降ってきて、私はゆっくりと顔をあげた。
いつものへにゃりとした笑顔に戻ったルノが私を見つめている。
そして、ルノは私にキスをした。
おでこではなく、唇に。
すぐに唇は離れたけれど、頬を包み込む手のひらはそのままだ。
「これからはおくすりじゃなくて恋人のキスをしよう」
「恋人のキス……?」
キスの意味も飲み込めなくて、ルノをただ見つめる私はきっと間抜けな顔をしていただろう。
「僕がおくすりをあげた時、ずっと胸が痛かったの?」
ルノはこれまで見た中で……十年間で一番の笑顔を浮かべている。
「う、うん」
「へえ!本当に!?嬉しいな、ねえいつから?」
ルノがはしゃいだ声を出した。あれ?自分で言うのもなんだけど、さっきまでシリアスな雰囲気だったと思うのだけど、と思うくらい。
「えっと、初めてルノがおくすりをくれた後かな」
ルノの雰囲気に飲まれて私の涙は止まって、いつものように返事をしていた。
「えっ!そんなに前から!?信じられない……あの時キスしてよかった」
気づけば私は抱きしめられている。そのまま立ち上がって抱きしめたままくるくる回りそうな勢いだ。
「大丈夫、安心して!リーナがそう思う前から、ずっと僕も惚れ薬だと思っていたんだ!」
ルノはガバッと私を引き剥がして思い出したように言うと、もう一度ぎゅっと抱きしめた。
「ずっと……」
「そうだよ、僕はずっとずっとリーナが大好きで、ずっとリーナにも同じ気持ちになってほしかったんだ。あっ、心がドロドロしたってまさか僕にパートナーができたから?もしかして嫉妬したの?」
「……うん、でも絶対また一番に戻るから大丈夫」
「それは信じてる。リーナのこっそり訓練がまた始まるね」
「えっ、知ってたの!?」
「夜中は危ないから見てたんだ。ストーカーじゃないよ!?危険がないように警護してたんだ」
「全然気づかなかった、ありがとう」
「ねえ、もう一回キスしていい?」
「ええと……」
「だめ?」
ルノのサファイアがキラキラと私を見つめている。
「私がルノのお願いに弱いこと知っててやってるでしょ」
「バレてたか!……だめ?」
甘えるようにルノが鼻と鼻をくっつけてくる、くすぐったい。私がルノのお願いを断れるわけがないのだ。
「うん」
「やった、リーナ大好き、本当に大好き」
もうキスはおくすりではなかった。胸のざわざわもドロドロも全部消えて、あたたかくて、でもやっぱり少しだけ胸は痛いままだった。