辛いあとには甘くなる
ヒロタカは、紅茶を飲んでいた。
 しかし、藤木香織は、ぶすっとした顔をしていた。
 実は、香織は、スマホをなくして、オロオロしていたのだが、内心では、ほっとしていた。しかし、スマホを届けた本人が、どこかの見知らぬ人だったら、尚、良かった。「ありがとうございます」と言って、お菓子の付け届けで、済んだのだが、毎日、顔を合わす会社の同僚だと体裁が悪い。
 最も、香織は、スマホの写メには、お気に入りの俳優やらジャニーズを納めていて、例えば、関ジャニ∞とか嵐の二宮和也とかKis-My-Fitの玉森裕太とかエグザイルの岩田剛典とかが好きなのだが、恥ずかしくて言えない。
 実は、香織は、いつもヒロタカを苛めるのが、楽しかった。
 確かに、ヒロタカは、向井理に似ている。
 アハハ!と思っていた。
 こいつを苛めるのは、楽しい。
「この字が、汚くて読めないよ」
 と、険しい顔をしたら、ヒロタカは、いつも涙目になっている。
 香織は、悪趣味な女性だと思っている。
 ところが、毎日、そんな日々を、会社で過ごしていたら、ある時、罰があたったのか。前に、朝礼のとき、香織は、オナラをしたのだが、みんなの前で、わざと「大川君、オナラしたでしょう」なんて、苛めていた。
 そこまで苛めていたら、罰が当たったのだと思った。
 気が弱いヒロタカを苛めた罰が、今、スマホを、落としたことで始まっている。
 今、香織は、苦しんでいる。
 目の前のヒロタカは、悠然と紅茶を飲み、ケーキを食べている。
ー美味しそうに
 と、香織は思った。
 そして、香織は、相手の心の内が読めずに、苛立っていた。
ーそうだ、会話をしたら良い
 と思った。
 何から話そうかとも思った。
「あの」
「はい」
 そして、何か話そうとしたが、上手く言葉にできなかった。
 そして、香織は、こんな時、緊張している。
 何を話せば良いのかとも思った。
 趣味?それとも、家族?まさか、彼女がいるとか?休日、何をしているの?なんて頭の中では、色んな会話のセリフが出てきたのだが、上手く言えない。
 そして、香織は、普段、ヒロタカを苛めているから、急にリベンジされるのではないかと、内心、恐れていた。
 そして、香織は、ヒロタカのことが、分からなくなっていた。
 ヒロタカの前で紅茶を飲む状況、かなり、辛いものがあった。
 香織は、今の状況が辛いものがあった。
 しかし、本当は、香織だって話をしたいのだが、話ができない。
 香織は、パニックになっていた。
 何を話せば良いのか、と思った。
 香織は、迷っていた、ヒロタカに何て言えば良いか。
「藤木さん」
「はい」
「僕、ケーキ好きです」
 とヒロタカは、香織に言った。
 良かったと思った。
 そして、この時、気持ちは、少しだけ、軽く感じた。
 香織は、ヒロタカの言葉に、甘さを感じた。
「大川君、私も」
 とそれとなく、照れながらも、香織は言った。
 香織は、ヒロタカの言葉にどこか救われたかのようになっていた。
 良かったと思った。
 話の分かる男で、と思った。
 しかし、そこから先、何を話せば良いのか分からなかった。いつも、文句ばかり言っている香織は、恩人のヒロタカに何て言えば良いのか分からない。
 沈黙は金也なんて言うが、香織は、この時ばかりは、こんな諺を恨んだ。
 ケーキを食べた後、ヒロタカは、自分の仕事を始めた。
 香織も、何食わぬ顔で、仕事を始めた。
 実は、香織も、その時、仕事の休憩時間に、スマホで、向井理の画像を観ていた。昔、NHKドラマで、『ゲゲゲの女房』なんてドラマに出ていたらしい。そして、向井理は、サッカーが得意だったのかとも思った。
 だが、向井理は、身長は大きいが、ヒロタカは、せいぜい、身長は、170センチを少し超えたくらいか。
 しかし、何を話そうかとも思った。
「大川君は、学生時代、何のスポーツをしていたの?」
「サッカー」
 え、と思った。
 まさか、このヒロタカも、レギュラーだったりして、と少し、不安になってきた。
「レギュラーなの?」
「まさか、藤木さん、僕、補欠だったんです」
 ああ、良かった。
「学生時代、いつもベンチで、応援していました」
「どうして、サッカーを部活にしていたの?」
「サッカーの選手になりたかったんです」
 少しの沈黙。
 凄い、と言えず、悔やんでいた、香織は。
 だが、これで会話が終わるのも、何だか、寂しいな。それも、辛い。
「そうだ、藤木さん」
 以外だった。
 ヒロタカは、何か言うのか?いよいよ、香織は、天罰が下ると思った。
 ここで、また、自分の辛い気持ちを感じた。
 スマホを拾っても、何一つ、褒めてもいない。だが、緊張しているのだから。
「はい」
「今日、仕事が終わったら、食事に行きませんか?」
 その時、香織は、少しだけ、救われたような甘い気持ちになっていた。
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