だから聖女はいなくなった
「サディアス様、どうかされましたか?」

 そう言って彼女は微笑んだが、その姿もどこか痛々しい。

「アイニス様のお姿が見えましたので。兄が心配しておりましたよ? アイニス様が無理をなさっているのではないかと」
「まぁ……」

 キンバリーの様子を伝えただけで、彼女はぱっと顔を輝かせる。紺色の瞳にも、星が瞬いたかのような明るさが戻った。

 サディアスは一歩近づく。

「ご一緒してもよろしいですか?」

 サロンの中では二人きりではない。彼女についている侍女もいつもの定位置に立っているし、サディアス付の従者も少し離れた場所でこちらの様子をうかがっている。

 サディアスは、最初からアイニスと話をする目的でこちらに足を運んだ。だから、わざと従者を連れて来たのだ。
 キンバリーの婚約者と二人きりで話をして、変な噂が立っても困る。

< 39 / 170 >

この作品をシェア

pagetop