だから聖女はいなくなった

4.

 そこで彼女は白磁のカップに手を伸ばす。点々と赤い何かが散りばめられているカップは、よく見ると薔薇の花びらが描かれていた。だが、ちらりと目にしただけでは、血がついているようにも見えてしまう。

 キンバリーはアイニスを張りぼての令嬢と言っていたが、紅茶を飲む姿は優雅に見える。
 少しだけ潤った唇は、以前のような艶やかさを取り戻していた。微笑む姿も、ラティアーナに婚約破棄を突きつけたキンバリーに寄り添ったあのときの表情と同じ。

「とある夜会で、兄と一緒にいたときに、ウィンガ侯爵は私を図書館で見かけたとおっしゃって、近づいてきました……。きっと、兄が彼をたぶらかしたのでしょうね」

 兄の言いなりになっているものと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
 それにしてもあのウィンガ侯爵が図書館とは、似合わない。むしろ、嘘だと言っているようなものだろう。もう少しまともな理由はなかったのだろうか。

「ウィンガ侯爵は……私と結婚したかったようですが……」

 アイニスは今、仮にも王太子キンバリーの婚約者である。だから、そういった内容を口にするのも躊躇いがあるのか、語尾を濁した。
 それでもウィンガ侯爵の性格を考えたら、アイニスと結婚したいというのもあながち嘘ではないだろう。

 サディアスも少しだけ口元を緩めた。

< 49 / 170 >

この作品をシェア

pagetop