音のない「好き」
『いきなりどうしたの?ここ、蓮くんも使ってる駅なの?』

雪が訊ねると、蓮は首を横に振る。ならここに何故来たのか、雪が手話で訊ねようとすると、蓮は付け根から曲げた四本の指を顎の下に当てる。

『待ってて』

そう言い、蓮はどこかへクルリと背を向けて歩いていく。どこへ行くんだろうと雪が蓮を目で追うと、蓮は駅の近くにある花屋へと入って行った。

最寄り駅のため、雪は何度も花屋の前を通るものの、中に入ったことはない。しばらくすると、蓮は手に一輪の花を持って戻ってきた。そして、その花を雪に差し出す。

「えっ、これ私に?」

思わず手話ではなく、雪は言葉を口から出していた。蓮はコクリと頷く。蓮が買ったのは、恋人に振られたばかりの女性に贈るにはあまりにも不似合いな赤いバラの花だった。おまけにリボンでラッピングまでされており、まるで恋人に贈るプレゼントのように見えてしまう。

『蓮くん、失恋した女にバラの花なんて変じゃない?慰めのつもりなのかもしれないけど……』

雪が虚しさを感じながらそう言うと、蓮は首を何度も横に振る。そして強引に雪にバラの花を押し付けると、『慰めじゃないから』と言った。

『好きだ』

蓮は、右手の親指と人差し指を開いて喉に向け、前斜め下に引きながら閉じ、その言葉を言う。刹那、うるさいくらいの周りの雑音が雪の耳に聞こえなくなった。

『ずっと前から、好きでした』

雪の耳に、蓮の声が、はっきりと聞こえた。




完結
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