致し方ないので、上司お持ち帰りしました
人より少し早めに出社して、自分のデスクでコーヒーを飲む。背伸びをしながら、今日の仕事内容を確認する。この時間が落ち着く時間だった。
「泉さん、聞いてくださいよー」
「おはよう。秋月さん、まずは挨拶しようよ」
「真白さんのことなんですけどね、」
場に似合わないヒールの音を鳴らしながら、出社してきた秋月さんは、挨拶もしないで自分のことを話し始めた。
やんわりと注意したが、聞く耳も持とうとしない。謝罪も挨拶もなく、自分の話を続ける秋月さんには呆れてしまう。
「私。真白さんのこと、がちで狙ってるじゃないですか。本気出しちゃおうっかなって思うんです」
「……今までは本気じゃなかったの?」
「私が本気出しちゃうと、男はコロッと簡単なんで、面白くないかなーって思ってたんです。でも、真白さんは競争率激しそうなので、もう本気出しちゃおーって」
真面目な顔で言いのけるので、どうやら冗談ではないらしい。確かに秋月さんは可愛い。
色白な肌にきゅるんとした瞳。清楚系なのか、装っているのかは定かではないが、服装も男性受け抜群だ。
「でも、真白さんは厳しいと思うよ?」
童貞で女性が苦手だから。なんて言えないので言葉を呑みこんだが、食いつく者がここに一人。
私の肩を掴んで、目を見開いて問いかけてくる。
「それ、どういう意味ですか? 真白さんのこと、なにか知っているんですか?」
「あー。いや、えっと」
完全にやらかした。真白さんのことを知っているような口ぶりで言ってしまった。
現実にいうと、知っているのだけれど……。
真白さんが童貞だと言う訳にもいかず、ここは誤魔化すしか方法がなかった。
「泉さん! 抜け駆けとかしてないですよね?」
抜け駆けもなにも、協力するとも言った覚えないのだが。
秋月さんは自分中心で話を進めるので困る。秋月さんに詰められていた私に助け船の声が降りてきた。
「おはようございます。なにかありましたか?」
パリッとした整備されたスーツに身を包みきりっとした表情は、童貞の面影を微塵も感じさせない。昨日、童貞だとカミングアウトした人とは同一人物には見えない。
どこから見ても仕事のできるエリートイケメンの真白さんだ。
「真白さーん♡ おはようございます♡」
秋月さんはさっきまでの声色とはまるで違う、猫なで声で真白さんに駆け寄った。私にはしない挨拶も、真白さん相手なら1秒もかからずに出来るらしい。
「こほっ。泉さんも……おはようございます」
「お、おはようございます」
ちらりと視線を合わせて気まずそうな表情を浮かべていた。その様子を見逃さないようにじっと見つめている秋月さんの顔が少し怖い。
女の感は鋭いとよく言われる。秋月さんは人一倍敏感そうなので、逃げるように二人のそばから離れた。
思わぬ秘密を知ってしまったが、これ以上真白さんと関わる気はない。
秋月さんという面倒な後輩に目をつけられたくもない。絶対に面倒ごとに巻き込まれるからだ。
平穏なオフィスライフのため、二人に深く関わることはしたくない。そう思いながら、仕事に明け暮れた。