致し方ないので、上司お持ち帰りしました



「い、泉さん?! 大丈夫? どこか痛い?」

「だ、大丈夫です。真白さんが守ってくれたから」

「あのカフェで少しだけ待てる?」

「え、」

「速攻で仕事終わらせてくるから」



 目の先にあるカフェまで送ってくれた。「この距離なら一人で行けます」と何度言っても、すぐ後ろをついてきた。


 徒歩2分の距離。それでも心配だからと送ってくれたのは、楓くんとの騒動があったからだろう。真白さんの優しさに、さっきまで抱いていた恐怖感も消えていた。


 真白さんが再び戻ってくるのは、想像以上に早かった。10分も経っていない。肩を揺らして息をしているのをみると、また走ってきてくれたんだと見て取れる。


 心の底から愛おしさがこみあげてきてしまう。


 2人で一緒に帰宅する。冷え切った部屋でも、1人ではなく2人というだけで、心まで冷えることはなかった。
 

「今日はご飯食べて、ゆっくりお風呂に入って、寝よう」

「……はい」

 
 冷蔵庫の残り物で作ってくれた炒飯を食べて、ゆっくりとお風呂に入る。幸せな日常と、優しい真白さんのおかげで、嫌な記憶を思い出さずにすんだ。


「おやすみなさい」

「うん、おやすみ。本当によかったよ。あー。この生活も終わりかあー!」


 おやすみの挨拶の後に、真白さんは安堵のこもった声で零した。「この生活も終わり」考えなくても意味はすぐに理解できた。


 そうだ。ストーカー問題が解決した今。同居解消は当然だ。


 分かっていた事なのに、胸が痛くて苦しかった。

 
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