敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
 落ち着いて息を吐くと、不意に空腹を感じる。急いで来たのでお昼を食べ損ねてしまい、まだ甘い香りを漂わせている焼きたてのマフィンをとっさに持ってきたのは、自分で食べるためだった。

 そして、なんとなく社長の分も持ってきている。

 マフィンを焼いていると伝えた際に彼が『俺のために?』と 返してきたのが原因だ。もちろん、そんなつもりはなく即座に否定した。

 すると『それは残念だ』と軽く返され、電話を切ったあとも私は延々と悩んだ。こういう場合はどう行動するのが正解なのか。伯母のところに持っていく分を差し引いてもけっこうな量がある。

 バレンタインデーが近いし、と思ったがバレンタインに絡めると、かえって気を使わせたり、いろいろと邪推されたりするかも。そもそも彼は食べたいとも欲しいとも言っていない。

 気を回すなんて言ったらカッコイイが、それはあくまでも相手が望んでいた場合だ。冗談や社交辞令だったら? 一気に不安が押し寄せる。

 自信がない。仕事としてなら依頼内容の確認としてはっきり尋ねるのに、プライベートになるとこれだ。こういうことで悩みたくないから、仕事以外の余計なことはしないと決めたはずなのに。

 ひとまず空腹を満たそうと、コーヒーを淹れることにした。これくらいは社長も許してくれるだろう。いや、許す許さないではなく社長はいつも優しいし、雇い主であるという立場を忘れているのかと思うほど私によくしてくれる。
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