振り返って、接吻

マグカップを手にとって、ニュース番組に顔を向けたまま、なるべく無感情な声で会話する。

もとから感情的とは程遠い人間性であるが、この女のことになると少しだけ、ほんの少しだけそうなる自覚がある。感情なんて、最も見せたくない相手だというのに。

宇田の淹れる珈琲、俺の好きな濃度、温度、酸味、苦味、量、もうすべてにおいて完璧な珈琲だ。もう何年も淹れたり淹れてもらったりの仲だから、当然かもしれないが。


そのとき、なんとなく茅根は宇田の秘書だということを思い出して、奴がどんな珈琲を淹れるのかと考えた。

茅根はハイスペック秘書だから、きっと宇田好みのそれを甘ったるい表情のまま淹れるだろう。それでまた、チョコレートみたいに甘い言葉でもかけるに違いない。


胸焼けしそうになった気持ち悪さをカフェインで流し込んで、それから早朝6時にできる範囲のスピードで支度を整えた。



6時半を過ぎて、ようやく車に乗り込む。悪気もなく後部座席に乗り込む宇田を見て、自分の婚期がまた遠のくのを感じた。


「オマエも車買いなよ」

「由鶴が運転してくれるのに?」

「俺がオマエを乗せて運転したくないから、買ってほしいんだけど」


冷たい温度で言葉を返すも、何故だかこの女の前では口数が多くなってしまう。いや、あくまで当社比で。


宇田の家はすぐそばで、歩いたって15分程度の距離だ。そんな短時間だし、無言の車内も悪くない。というか余計なことを口走るよりも、ずっと良い。

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