振り返って、接吻
「わたしたち、結婚しました」
にこにこと幸せ絶頂の笑みを浮かべる宇田と、何も言わず宇田に倣って左手を見せる深月。
ふたりの薬指には、キラキラと光るシルバーリングがはめられていた。
ファッションリーダーでもあるこの日の宇田の服装は、ロング丈の白いワンピースだった。花の刺繍が入っていて、どことなくウェディングドレスを彷彿させる。袖や襟元が特徴的なそれはよく似合っていて、彼女のセンスが光っていた。
『指輪は、深月さんの給料3ヶ月分ですか?』
記者のひとりが挙手して質問してゆく。宇田は笑みを崩さず、深月が無表情のまま口を開いた。
「どうでしょう?本人の前で贈り物の値段の話は、控えたいですね」
彼の給料の3ヶ月分より多くとも少なくとも、想像しやすくなる。そんな浅はかに収入を引き出そうとしていた記者を緩く交わした彼に、記者たちは少し姿勢を正した。
ああ、この無口な美青年は、一筋縄ではいかないらしい。
『深月財閥と宇田グループは今後どうなっていきますか?』
すっとマイクをとった宇田が、質問した記者のほうを向いて丁寧に答えていく。
「直接的に手を結んで新事業を展開していくそうです。確か、教育関係だったと思います。わたしたちは実家を手伝っていないので、あまり詳しくなくて申し訳ないです。
今後、うちの【CRANE】も関わることができたらいいなと思っております」
これまでは、宇田と深月との関わり方で差ができると困難であると考え、どちらとも直接仕事をすることはなかった。それに宇田は、軌道が乗るまではなるべく自力で頑張ると決めていた。
自分たちの計算通りに名を売り出した【CRANE】が、ようやく、大きな背中の親と並んで仕事ができるようになったのである。