冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
 島と別れ、警察庁に戻る道すがら左京は思わずつぶやいた。

「奥さん、か」

 蛍の笑みが脳裏に浮かぶ。彼女の笑顔は満開の桜に似ている。息をのむほどに美しく、そして儚い。瞬きをしている間に消えてしまいそうな気がして、左京は必要以上に強い眼差しで彼女を見てしまう。

(蛍は俺の妻、そう思っていいんだろうか?)

 先ほど島が言った『戸籍を売った』という言葉は弁解の余地もないほどそのとおりで、彼女との結婚は百パーセント打算だった。海堂治郎の隠し子と結婚したかっただけで、相手の中身には露ほどの関心も抱いていなかった。

 治郎に恩を売り、しかも警察にとっては厄介な存在でしかない赤霧会をつぶすきっかけにもなるかもしれない。一石二鳥だと自分に都合のいいことだけを考えた。

(そんな人間が蛍の献身を受け取っていいわけ……ないだろ)

 ゆうべの出来事が蘇る。

『妻の役目を果たさせてください』

 彼女はそんなふうに言って、家事を引き受けると宣言した。正直嬉しかった。家事をしてほしいわけではなく、蛍が歩み寄ろうとしてくれていることが左京の心を弾ませた。

 だが同時に、どうしようもない心苦しさも押し寄せた。蛍が健気であればあるほど、打算ばかりの自分に嫌悪感が湧く。

(もっと違う形で出会えていたら……)

 蛍が海堂治郎の娘でなかったら、自分たちの人生は交じわることもなかった。その事実を忘れ、また自分に都合のいいことを考える。

(十分に知っていたつもりだが……俺は本当にクズだな)

◇ ◇ ◇

 
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