狐火の家のメイドさん 〜主人に溺愛されてる火傷だらけの侍女は、色々あって身一つで追い出されちゃいました。

    ―✿―✿―✿―

「たかし兄さま、遠くに行くの?」
「そうだよ、希海(のぞみ)。でも、すぐに帰ってくるよ」
「すぐってどのくらい?」
「すぐは、すぐだ。そうだな、一ヶ月くらいかな」
「いや!」
「希海」
「嘘つき! 一ヶ月はいっぱい長いもん、すぐじゃないもん!」

 そこは湯あみも終えた後、二人の団欒の場であった。
 畳の上で仁王立ちをし、むくれたほっぺを見せつけながら、肩口で切りそろえた黄金色の髪を振り乱した希海は、寝巻姿で崇史に立ち向かう。
 どうやら、なんとしても、大好きな兄さまを遠くに行かせまいと、立ちはだかっているつもりらしい。

 希海は、家の中で一人で育った箱入り娘なので、年の頃に比べ、幼い行動をとることがある。
 しかし、それもまた可愛らしい。希海は本当に、可愛いのだ。しっとりと長い、子どもらしからぬまつ毛も、ふくふくのほっぺも、はっきりとした二重の大きな緋色の瞳も、何もかも可愛い。平均より少し低めの身長も、また愛らしい。育ての侍女の欲目ではなく、これはゆるぎないこの世の真実である。その事実を確認し、さぎりは満足そうに頷く。

「さぎり、何がしかに満足している場合ではないぞ」
「崇史様。希海様のお気持ちは、尤もなことにございます。そこはもう、誠心誠意向き合わないと」
「そうよ! たか()ぃ、さぎりの言うとおりよ。どうしても行くなら、のんを倒してから行くの」
「こら。『崇史兄様』だろう?」
「たか兄ぃは悪い子なの。だから、のんはたか兄ぃの言うこと、聞いてあげないもん」
「なんて悪い姪っ子だ」
「たか兄ぃとお揃いよ?」
「それもそうか」

 くすくす笑っている二人を、さぎりは微笑ましく見守る。
 そうして、希海を膝に乗せると、崇史はさぎりに向き直った。

「さぎり。此度の件、どうしても断ることができなかった。帝の思し召しだ」
「帝の……」
「だから一月、家を空ける。……その間、家のことは、叔父上が管理することとなった」

 青い顔をするさぎりに、崇史は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 崇史の言う叔父とは、崇史の母方、萩恒家ではない方の叔父だ。
 名を、佐寝蔵(さねくら)律次(りつじ)という。年は四十五歳。黒髪に茶色の瞳をした、ごくごく一般的な顔立ちの男で、異能の力を持たないことを酷く恥じているようだった。
 彼は、四年前のあの事件の後、この萩恒家を助けることをしなかった。葬儀には参列したが、希海の力を恐れ、この家に近づくことがなかった。
 ただ、ずっと、この家の管理に口だけは出そうと、崇史に手紙を送りつけたり、外で話を持ち掛けたり、嫌な態度が続いていた。
 だから、さぎりはなんとなく、彼に対して良い印象を持つことができずにいるのだ。

「すまない」
「いいえ。私は、希海様にお仕えするだけです。やることは変わりませんから」
「そうか」
「それよりも、崇史様。ご自身の心配をしてくださいませ。大丈夫なのですか?」
「……うん。他に二家も手伝いが入る。問題ないだろう」

 心配するさぎりに、崇史は嬉しそうに、恥じらうような笑みを浮かべる。
 その爽やかな微笑みに、なんだかさぎりは恥ずかしくなってしまって、つい俯いてしまう。

「さぎりー、顔が赤いの」
「えっ!? いえ、そんなことは」
「風邪かなぁ。ね、たか兄ぃ。さぎりはお休みした方がいいと思う!」
「そうだな、それがいい。私が送っていこう」
「ええ!? いえいえ、大丈夫です。一人で行けるので」
「のんも行くー!」
「そうだな、それがいい。先に希海を送り届けてから、さぎりを送り届けよう」
「えええ!? で、ですから、私は……」
「おくりとどけよー!」
「送り届けよう」
「ええええ!?」


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