狐火の家のメイドさん 〜主人に溺愛されてる火傷だらけの侍女は、色々あって身一つで追い出されちゃいました。


 びくりと肩を跳ねさせるさぎりに、崇史は自嘲する。

「いや、違うな。帝はこうおっしゃられた。婚姻しなくても好いから、子を成せと」
「……!? こ、子を!?」
「俺が、未だ届かぬ恋に溺れていることを、ご存じのようだ」
「届かぬ……」
「こうして近くに居ても、焦がれる相手はつれない素振りだ。なあ?」

 するりと頬に手を滑らされ、さぎりは恥ずかしくてみっともない顔をしてしまったように思う。
 けれども、崇史は蕩けるような顔をして、より喜んでしまった。さぎりは、解せないと不服に思う。

「私と崇史様では、身分が、違います」
「帝も認めている」
「そうと決まったものでは」
「決まっているとも。『婚姻』が想いを阻むなら、しなくとも好いと仰せだ」
「……! で、でも、綺麗じゃ、ないから。体だって……」
「綺麗だ」

 違う。
 だって、さぎりの体は、この四年間で、火傷の痕だらけになってしまった。
 希海は七歳だ。大きくなった。狐火の操り方も達者になり、もう、今までみたいに火傷をしてしまうことも少なくなってきた。だからこそ、崇史の叔父・佐寝蔵律次が、留守を預かるなどと言い始めたのだ。
 けれども、さぎりの体の傷痕は消えない。そしてそれは、嫁入り前の娘としては致命的な瑕疵(きず)だった。
 身分が違う上に、事故物件。そんなさぎりを、さぎりは崇史に押し付けたくはなかった。
 なのに。

「さぎりより綺麗な女性なんて、知らない」

 ぽろりと落ちた涙に、崇史はただ、優しく微笑んでくれる。頬に口付け、さぎりを好きだと、そう言うのだ。


 さぎりは迷っていた。
 自分のことだけを考えるのであれば、崇史の想いに堪える以外の選択肢はない。

 けれども、自分が嫁ぐことで、崇史の得るものはなんなのだろう。

 希海の力のことも、彼を阻むことがなくなった。彼は今、誰をも傍に侍らせることができるのだ。
 きっと、彼の想いは、この四年間の危機的な状況が生み出した、一時的なもの。

 そうして、崇史の元を去るかどうか迷っている最中に、崇史の叔父・佐寝蔵律次はやってきた。
 希海の周りに、新しい使用人達を入れ、崇史に、家のことは心配するなと言い、彼を戦場に送り出す。
 そうして、崇史が居なくなったところで、律次はさぎりを呼び出したのだ。

(いとま)を出す」
「えっ」
「お前、崇史に近づいているようだな」


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