狐火の家のメイドさん 〜主人に溺愛されてる火傷だらけの侍女は、色々あって身一つで追い出されちゃいました。


 ぽろぽろと涙をこぼしていたさぎりは、崇史の目にも涙が浮かんでいることに、漸く気が付いた。さぎり達を抱きしめる手も冷え、震えている。

「崇史、様」
「遅くなってしまって、本当に済まなかった」
「そんな……どうして、ここに……? まだ、一月経っていません」
「頑張って、ちょっと早く帰ってきた」
「狐におなりになれるとも、存じ上げず……」
「うん。俺も知らなかった」
「……崇史様。私、希海様を、守り切れなくて」

 希海を任されたのに、家を追い出されてしまった。
 子狐として共にいた希海に気が付くこともなく、火傷痕のせいで危うく路頭に迷わせてしまうところだった。
 こうして二人で(さら)われてしまい、危険に晒してしまった。

 後悔に暮れるさぎりに、崇史は首を横に振る。

「いいんだ。分かっている」
「ですが、私は」
「俺こそ、二人を守り切れなかった。……もう会えなくなるかと思って、血の気が引いた」
「私のせいで……」
「俺のせいだ。俺が悪くて……いや、違うな」

 ふと、崇史は自嘲し、首を横に振る。
 次いでさぎりに、照れたような素振りで笑いかけた。

「さぎり。俺を呼んでくれて、有り難う」

 さぎりは目を見開いた。
 とくんと胸が音を立てて、あの日言われたことが、ふわりと思い浮かぶ。

『……さぎりに好かれたいから、有り難うと言うことにする』

 家を追い出されて、火傷痕で拒絶されて。
 色々なことが有ったけれども、この人の温かさは、あのときからずっと変わらない。なんだか胸が熱くて苦しくて、息をするのも辛い気がするのに、とても幸せで、涙が溢れてくる。
 さぎりは、自分の心が、己にはどうしようもない、手の届かないところに堕ちてしまったことを理解した。
 堕としてしまったのは、こんなふうに何もできないさぎりに、会いたかったと、有り難うと言ってくれる、優しい人。そう言えば、この人は出立の前、『早く堕ちてこい』と悪い事を言っていた気がする……。

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