狐火の家のメイドさん 〜主人に溺愛されてる火傷だらけの侍女は、色々あって身一つで追い出されちゃいました。



   ―✿―✿―✿―

「さぎりはもう、俺の妻になるのだ。萩恒家の当主の妻だ。買い出しなど、他に任せていいのに」

 とたとたと廊下を進むさぎりに、崇史は不満そうにそう呟く。
 希海の手を引いていたさぎりは、主人の可愛い様子に、くすくすと笑った。

「私がやりたいんです。崇史様の妻になったら、できなくなってしまいますから」
「……俺と結婚するのは嫌か?」

 不安そうにする崇史の手に、さぎりはそっと自分の、空いた方の手を絡める。

「とても、待ち遠しいです」

 素直に気持ちを吐露するさぎりに、崇史は感極まったように、握られた手を握り返す。

「でも、私はこの家に、侍女(メイド)として来ました」

 親戚の家から、逃げるようにして働き始めた、この萩恒家。

 沢山辛いこともあった。苦しいこともあった。

 けれども、ただの侍女に過ぎないさぎりを、萩恒家の人達は、いつだって優しく迎えてくれた。
 その温かさは、居心地の良さは、一使用人に過ぎない侍女としてのさぎりが感じてきたもの。そして、その恩返しをしたくて、さぎりはここで働き続けて来た。

「結婚して、萩恒家に入るまでは、私は精一杯、侍女として働きます。私は、萩恒の家の侍女(メイド)だから」

 さぎりは、狐火の家の侍女(メイド)さん。

 それが、十三歳でこの家で働き始めたさぎりの誇りで、自慢なのだ。
 火傷痕が増えても、辛いことがあっても、だからずっと、さぎりは笑っていられた。

 そう微笑むさぎりに、敵わないなと、崇史は笑顔で肩を竦める。
 希海も嬉しそうに、「さぎりはのんの侍女(メイド)さん!」と声を上げている。

 そうして、三人で手を繋いで、萩恒家の廊下を歩く三人は、本当に幸せそうに笑っていて、その笑い声に、屋根の上で昼寝をしていたどこぞのお狐様が、「こーん!」と嬉しそうに鳴いたのだった。




終わり。



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