孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜


「大丈夫ですよ。それにちょっと嬉しいです。本当に花嫁になれた気がして。魔力を渡したってことは、これで本当に私はアルト様の花嫁になれましたよね?」
「……お前以外を目に入れないと言った」
「ふふ」

 私が笑うと、ようやくアルト様の表情も和らいだ。
 そして私のおでこに手を乗せる、ひんやりと冷たくて気持ちいい。

「やはり熱があるな。眠っていろ。食欲はどうだ?」
「あんまりないですね。お水だけもらってもいいですか?」
「わかった。他に欲しいものは? してほしいことは?」

 あれこれ聞いてくれるアルト様が珍しくて、また笑みをこぼしてしまう。

「大丈夫ですよ。眠れば元気になりそうです」
「そうか」
「あ、でも一つお願いしたいことがあります」
「なんだ?」
「昨日アルト様、私のこと名前で呼んでくれましたよね? 普段から呼んで欲しいです」
「……呼んだか?」
「絶対呼びました。はい、どうぞ。アイノって呼んでください」

 アルト様は困惑した様子で私のことを見ている。

「今からか?」
「そうです」

 私がもう一度アルト様を見ると、彼は口を小さく開いてまた閉じる。そして覚悟を決めたようにもう一度口を開いた。

「ア……アイノ」
「ふふ」
「ほら、言ったぞ。これでいいか?」
「はい」

 ただ名前を呼ぶだけなのに、そんなに力を込めて、顔を赤くしなくてもいいのに。
 おかしくなってまた笑ってしまう。

「笑うな」
「だって嬉しくて」
「名前を呼ぶだけでか?」
「はい。なのでこれからもお願いしますね」
「……ふん」

 アルト様は付き合ってられんというように立ち上がった。

「もう行っちゃうんですか?」
「水を取ってくるだけだ」

 そう言ってすぐにアルト様は部屋から出ていった。
 世話焼きアルト様が珍しくて、仕方なくだとしても名前を呼んでくれたことが嬉しくて、そして白の花嫁になったんだと思えて。
 それらを全部噛みしめるように目を閉じると、心地よい眠りに落ちていった。
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