魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
8.ナターリエの『趣味』
「エルドを二種、捕らえて来たぞ!」

 その日、ナターリエが飛竜騎士たちと共に魔獣の探索から帰って来たのと、ヒースたちが帰って来たのは、ほぼ同時だった。どうやら、ヒースたちはエルドを二種類捉えて、檻に入れて運んできたらしい。

「ナターリエ様、こちらは良いので、是非、ヒース様たちのところへ」

 一緒に飛竜の背に乗せてくれていたフロレンツにそう言われて、ナターリエは礼を言ってヒースたちのところへ走っていく。

「ヒース様」
「ああ、ナターリエ嬢。ちょうどよかった。早速なんだが、この二種の鑑定をお願い出来るかな? 似ているが、ちょっと違うんだ」
「勿論です」

 飛竜から吊り下げていた檻を外して、飛竜を竜舎へ連れて行く騎士。檻を他の騎士たちが移動させる。

「ナターリエ様、どうぞ」
「ありがとうございます」

 檻を覗けば、小型のエルドがギィギィと鳴き、ガン、ガン、と檻に体当たりをする。ナターリエは少しばかりそれに驚いたが、指を向けて鑑定スキルを発動した。

(この子は、普通のエルド。スキルも特になし……それから、こちらのエルドは……)

 もう片方の檻を見る。そちらのエルドは、同じエルドでも体の文様が違う。なるほど、亜種かどうかがわからないというのは、そういうことかと思いながら鑑定をした。

「あれっ」
「どうした?」
「こちらのエルド……いえ、エルドかどうかもわからないんですが……わたしの鑑定では、見えません」
「どういうことだ?」
「わたしが不勉強だったのかしら。要するに、エルドに見えますが、エルドではないということですね」
「スキルなどは見えるのか?」
「スキルは、ええっと、おぼろげに見えます。存在の鑑定が曖昧なので、スキルも正しいのかは少し微妙なんですけど……外皮硬化。防御のスキルですね。ただ、古代種エルドに似ているけれど、エルドではない、つまり、亜種でもなく、新種なのだと思います」

 彼女を遠巻きに囲んでいた人々は、みな「おお」と感嘆の声をあげる。が、その後に「で、それってどういうこと?」となるのだが。

「これは、魔獣研究所にどちらも送って良いと思います……わああ!」

 ガン、ガン、と檻に体当たりをする、新種のエルド。

「あっ、あっ、外皮硬化して檻にぶつかるから、ちょっとこれ、危ないかもしれません! ほら、ちょっと檻が、傷ついていますし……」

 見れば、確かにナターリエが言うように、檻の内側、その新種のエルドがぶつかっている場所は傷がついている。

「シーザー!」

「はっ!」

 一人の騎士がヒースに呼ばれて前に出る。何かの魔法を唱えたようで、新種のエルドは、どう、と檻の中で横たって眠りにつく。

「魔法を使われるの?」
「あっ、はい。精神系の魔法を少しだけ。睡眠と混乱を発生させられます。」
「すごいわ。魔術師ではないのに?」
「はい。そんなに威力もないですし……戦いにはあまり役に立ちませんが、こういう時にはお役に立てます」

 そう言って頭を下げるシーザー。

「ナターリエ嬢。外皮硬化は、どれくらい固くなって、どれぐらいの時間持続するかわかるか?」
「どれぐらい硬くなるのかはわかりません。もとの鱗の硬さがわかりませんし……ただ、持続は3分というところです」
「そうか。ならば、檻を二重にしておくぐらいで大丈夫かな……シーザー、睡眠はどれぐらいもつ?」
「15分ぐらい眠っていると思います」
「わかった。檻を二重にして、それから、調合して睡眠薬を投与する」

 ヒースはナターリエを振り返って微笑んだ。

「ナターリエ嬢、ありがとう。助かった」
「いいえ。あの、この2種は、いつ研究所に?」
「明日だ」
「こちらのエルドはこのままですか?」
「そうだな」
「では、少し、見ていても良いでしょうか」
「? ああ?」

 ナターリエは「失礼します」と言って、パタパタと走っていった。



 新種の檻を二重にするため、騎士達が大掛かりにバタバタと動く中、ナターリエは黒い棒状の何かと、紙を持って戻って来る。

「ナターリエ嬢、それは?」
「これは、絵を描くための黒鉛です! 魔獣研究所に収容される前に、その姿をわたしも絵に描いておきたいと思って……」
「ほう?」

 飛竜に誰かが乗って、檻を持ち上げてさらに大きな檻に入れようとしている。その作業を後ろにして、ナターリエはもう一体のエルドの檻の前に座り込んだ。

「おとなしいですね。こちらのエルドは。もともと、気性がそう荒くないとは知っていますが……」
「ナターリエ嬢は、多才なのだな」

 そう言って、ヒースは彼女が描くエルドの絵を覗いた。そして、なんとも言えない声で頷いて目を逸らす。

「……うん……」
「あっ、やめてください! わ、わたし、魔獣を近くでスケッチをするのが、その、夢だったんです……! 夢だったけど、その」
 あまりうまくない。わかっている。わかっているが、好きにさせて欲しい、とナターリエは唇を尖らせた。
「はは、そのぐらいがいい」
「え?」
「それ以上多才になられると、国一番の才女になってしまうだろうし、それはそのぐらいがいい」

 そう言ってヒースは笑った。ナターリエは「褒められていませんね!」と更に唇を突き出す。やがて、竜を竜舎に入れてやってきたフロレンツにも

「何をしているのですか?」

と尋ねられて、絵を見られた。が、フロレンツは何も言わずに去っていった。無言であることは時に何よりも雄弁なのだ。
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