魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
9.リューカーン
それからまた数日後。フロレンツ率いるエルド輸送部隊が戻って来た日に事件は発生した。
 
 例の「気配察知」のスキルをもった飛竜に乗ったヴェーダとペアを組んで、古代種トルルーク捕獲用の檻の様子を見に行ったゲオルグの飛竜が、突然暴れだした後、急下降をして谷に落ちたのだと言う。だが、その谷には、その「気配察知」スキルを持った飛竜はどうしても近寄れず、仕方なく慌てて戻って来たという話だ。

 竜舎前でみなががやがや集まって、話を聞いている。遅れてやってきたナターリエも、彼の話に耳を傾けた。

「本当に突然のことで……何か、鳴き声が聞こえた、と思ったら、急に飛竜が制御出来なくなって暴れて上昇していって、その後、例の谷間の上から落下していったんです!」

 話を聞けば、落ちた竜は「高度飛行」が潜在スキルになっていた竜だったという。制御が出来なくなった上に、高度飛行が覚醒したのか例の谷間の上まで一度あがってしまったらしい。

「そもそも、どうして例の谷間近くを飛んでいたんだ?」
「トルルークが罠にかからず、餌だけを持って行った痕跡があったので、一応念のために辺りの確認をしていたら、つい、谷にひっかっかって……わたしの竜が怯えたので引き返そうと思ったところ、ゲオルグの竜が……申し訳ございません!」
「わかった。捜索に出よう。命に関わることだが、あの谷間に降りられる竜は俺の竜だけだな……」

 ヒースはそう言って、戻って来たフロレンツを筆頭に、4人の騎士を選んだ。フロレンツには、遠隔で会話が出来る使い捨ての魔道具を渡す。

「ヒース様、わたしもご一緒します」
「いや、あなたは待っていてくれ」
「あのっ、わたし、鳴き声で精神攻撃をする、古代種の竜を知っているんです」
「何?」

 ナターリエのその言葉に、騎士達がざわつく。

「とはいえ、古代種も古代種で……本当に幻の種族と呼ばれている竜なので、現実にいるのかどうかは怪しいです。ですが……鳴き声を聴かれたんですね?」
「はっ、はい。聴きました。けぇーん、けぇーん、という声が聞こえて……」

 その声は、先日古代種がいるエリアに行った時に聞いた声と同じだ、とナターリエは思う。

「ヒース様、あの、わたしと一緒に行った時に聞いた鳴き声は、よくわからない、とおっしゃっていましたよね」
「あ、ああ」
「竜に詳しいヒース様が『わからない』というならば、それは、竜ではないものか、あるいは、竜でも『幻と呼ばれて文献にあまり載っていない』ものなのだと思うんです」

 そのナターリエの言葉に、みなは息を飲む。

「わかるのか」
「王城の図書館の閉架書庫の、本当に古いものにしか載っていませんが……本当に、眉唾ものの話なので、わたしも、こう、おとぎ話の魔獣のような気持で読んでいましたが。もしかすると、このリントナー辺境伯領であれば、いる可能性もあります。名前は、リューカーン。高い知能を持つ、巨大な地竜です」



 ゲオルグの探索に出る前に、魔導士を呼んで飛竜に「魔法防御」の術をかけてもらう。そう強くもないし、長くももたないものだが、気休めでもないよりはなしだとヒースはナターリエに説明をする。

 今から現地に行っても夕方になる可能性があった。そのため、念を入れて野営の準備や飛竜の引き上げを出来る装備をそれぞれ飛竜に括りつける。半刻もせずに、それらの準備を終えて、5体が一斉に飛びたった。

 飛竜は夜も飛べるが、そんなに夜目は効かないし、乗っている人間は尚のことだ。よって、時刻が遅くなればすぐに撤収をしなければいけない。

「最低限、ゲオルグだけでも無事だといいのだが……」

 だが、本当は飛竜も無事でいて欲しい。何にせよ、張り詰めた空気の中、5体の飛竜は谷に向かった。

「リューカーンという竜は、どういう竜なんだ?」

 空を飛びながら、ナターリエはヒースに説明をする。

「リューカーンは温厚な竜です。でも、何かの時に……これは、多くの書物にも書かれていなかったのですが、精神攻撃を『鳴き声に乗せて』行うらしく、その声を聴いた魔獣は前後不覚のように倒れてしまうと聞きます」
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