魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
12.デートの誘い
「ルッカの町近くに魔獣が現れているのか」
「そのようです。リントナー家の騎士団が出ていますが、飛竜での巡回を依頼されました」
「なるほど。そちらに人員を割くと、古代種の捕獲はちょっと時間がかかるようになるなぁ~」
執務室での会話。ヒースは少しばかり嬉しそうだ。あ、これはナターリエを長く滞在させたい、というつもりだな……とフロレンツは気付く。
「それにしても、よくもナターリエ様と野営をなさりましたね」
「え?」
フロレンツに言われ、ヒースは執務机でサインをしていた書類から顔をあげ、不思議そうな表情を見せる。
「伯爵令嬢ですよ」
「まあ……それは、まあ……」
「まあ?」
冷たく返され、慌てるヒース。
「いや、だって、仕方がないだろう……?」
深く溜息をつくフロレンツ。確かに、いくら仕方がなかったとはいえ、軽率だったとヒースも多少は思ってもいる。
「色々と話も出来たし、悪くはなかったぞ……?」
「そういうことではございません。あの方は、婚約破棄をされたばかりのご令嬢です。破棄からそう時間が経っていないのに、いくら野営とはいえ男性と二人きりで、という話は非常によろしくない。邸宅の者と、飛竜騎士団には、他言無用と言い伝えておきました」
「なるほど?」
わかったような、わからないような表情でヒースはフロレンツを見る。フロレンツは「あまり、言いたくはありませんが」と前置きをした。
「魔獣鑑定士になったのが、第二王子に婚約破棄をされてヤケになっていたからだ、という噂までが、流れておりました」
「それは、エルドを魔獣研究所に送った時か」
「はい。第二王子が王城に戻ったことで、色んな憶測が飛び交っていて。勿論、陛下の耳に届けば否定をしてくださるとは思うのですが、族たちの噂というのはなかなかそうはいかないので」
「ふむ……」
「また、心無い者からは、リントナー領にいらしたことが既に知られていて、ナターリエ嬢が第二王子を追いかけてこちらに来たので、逆に第二王子が王城に戻った、などという酷い噂もありました」
「……グローレン子爵邸でパーティーを行っていたんだが」
「はい?」
突然のヒースからの言葉に、フロレンツは彼にターンを譲った。
「まず、邸宅に入る前に、噂話を耳にした」
「それは」
「馬車から降りて、邸宅までの短い距離だ。ナターリエ嬢を可哀相にと言いつつも、それにしても、国を越えて逃げようとするほど結婚が嫌だったなんて、と面白可笑しく話す者たちがたまたまいてな」
ため息を小さくつくヒース。
「勿論、その時の俺はナターリエ嬢を知らなかったし、どうやら第二王子が国境を越えるためリントナー領にいったらしい、という話を陛下から聞いた程度だった。だが、一方的に婚約破棄をされたという話だったので、それは、どんな令嬢であろうと悲しいことだと思ったし、それを笑い話にするのは……と思ってな」
今思い出しても腹立たしい、とヒースは口をへの字に曲げた。
「その上、邸宅に入ったら、本当のことを知らない者が『そもそもどうしてあの伯爵令嬢が第二王子と婚約していたのか』だとか『顔だけで選ばれていたのかもしれない』だとか、そんなことを話していて……」
「それはひどいですね」
「貴族というものは、噂話が好きなのだなと思ったら、こう、ナターリエ嬢がどうのとは関係なく、苛立ってしまってな……それで、まあイライラを鎮めようと、グローレン子爵が所有している竜を見に行ったら、そこでナターリエ嬢に出会った」
「え? 魔獣鑑定士の試験で会ったのではなく?」
「ああ。グローレン子爵のパーティーだな。そして……」
逃げられた。慌てて走って去るナターリエの後姿を思い出して、ヒースは1人で「ふはは」と笑い出す。それを「なんですか、気持ちが悪い」と冷たくあしらうフロレンツ。
「あの逃げっぷりは、面白かった。それで興味を持って……」
そして、翌日にはハーバー家にまで押しかけてしまった。少しでも彼女のことを知りたくて。結局、あまり話すことがなく早々に退散することになったが。
それから、魔獣鑑定士の試験で再会をした。どれほど自分の心があの時に浮き立っていたのかナターリエは知らないことだろう。そして、それから今日まで、とんとん拍子で話が進んで、今は彼女が自分の身近にいることが当たり前になって。
(最初は、ただ興味があっただけだった。面白い令嬢だと思っただけだった)
しかし、いつからだろうか。そうではない感情が大きくなったのは……と、それは昨晩彼女の寝顔を見ながら考えていたことだった。だが、彼にはその答えがはっきりとはわかっていなかった。
緩やかに、気が付けば大きくなっていたのだと思う。今、当たり前のように、自分の飛竜で共に乗って、当たり前のように一緒に飛んでいるが、いつからだろうか、他の誰にも任せたくないと思うようになったのは……。
「どうするかな……」
ぼそりと呟くヒースに「そちら、急ぎの書類です。早く目を通してください」とフロレンツは容赦なく仕事を与えたのだった。
「そのようです。リントナー家の騎士団が出ていますが、飛竜での巡回を依頼されました」
「なるほど。そちらに人員を割くと、古代種の捕獲はちょっと時間がかかるようになるなぁ~」
執務室での会話。ヒースは少しばかり嬉しそうだ。あ、これはナターリエを長く滞在させたい、というつもりだな……とフロレンツは気付く。
「それにしても、よくもナターリエ様と野営をなさりましたね」
「え?」
フロレンツに言われ、ヒースは執務机でサインをしていた書類から顔をあげ、不思議そうな表情を見せる。
「伯爵令嬢ですよ」
「まあ……それは、まあ……」
「まあ?」
冷たく返され、慌てるヒース。
「いや、だって、仕方がないだろう……?」
深く溜息をつくフロレンツ。確かに、いくら仕方がなかったとはいえ、軽率だったとヒースも多少は思ってもいる。
「色々と話も出来たし、悪くはなかったぞ……?」
「そういうことではございません。あの方は、婚約破棄をされたばかりのご令嬢です。破棄からそう時間が経っていないのに、いくら野営とはいえ男性と二人きりで、という話は非常によろしくない。邸宅の者と、飛竜騎士団には、他言無用と言い伝えておきました」
「なるほど?」
わかったような、わからないような表情でヒースはフロレンツを見る。フロレンツは「あまり、言いたくはありませんが」と前置きをした。
「魔獣鑑定士になったのが、第二王子に婚約破棄をされてヤケになっていたからだ、という噂までが、流れておりました」
「それは、エルドを魔獣研究所に送った時か」
「はい。第二王子が王城に戻ったことで、色んな憶測が飛び交っていて。勿論、陛下の耳に届けば否定をしてくださるとは思うのですが、族たちの噂というのはなかなかそうはいかないので」
「ふむ……」
「また、心無い者からは、リントナー領にいらしたことが既に知られていて、ナターリエ嬢が第二王子を追いかけてこちらに来たので、逆に第二王子が王城に戻った、などという酷い噂もありました」
「……グローレン子爵邸でパーティーを行っていたんだが」
「はい?」
突然のヒースからの言葉に、フロレンツは彼にターンを譲った。
「まず、邸宅に入る前に、噂話を耳にした」
「それは」
「馬車から降りて、邸宅までの短い距離だ。ナターリエ嬢を可哀相にと言いつつも、それにしても、国を越えて逃げようとするほど結婚が嫌だったなんて、と面白可笑しく話す者たちがたまたまいてな」
ため息を小さくつくヒース。
「勿論、その時の俺はナターリエ嬢を知らなかったし、どうやら第二王子が国境を越えるためリントナー領にいったらしい、という話を陛下から聞いた程度だった。だが、一方的に婚約破棄をされたという話だったので、それは、どんな令嬢であろうと悲しいことだと思ったし、それを笑い話にするのは……と思ってな」
今思い出しても腹立たしい、とヒースは口をへの字に曲げた。
「その上、邸宅に入ったら、本当のことを知らない者が『そもそもどうしてあの伯爵令嬢が第二王子と婚約していたのか』だとか『顔だけで選ばれていたのかもしれない』だとか、そんなことを話していて……」
「それはひどいですね」
「貴族というものは、噂話が好きなのだなと思ったら、こう、ナターリエ嬢がどうのとは関係なく、苛立ってしまってな……それで、まあイライラを鎮めようと、グローレン子爵が所有している竜を見に行ったら、そこでナターリエ嬢に出会った」
「え? 魔獣鑑定士の試験で会ったのではなく?」
「ああ。グローレン子爵のパーティーだな。そして……」
逃げられた。慌てて走って去るナターリエの後姿を思い出して、ヒースは1人で「ふはは」と笑い出す。それを「なんですか、気持ちが悪い」と冷たくあしらうフロレンツ。
「あの逃げっぷりは、面白かった。それで興味を持って……」
そして、翌日にはハーバー家にまで押しかけてしまった。少しでも彼女のことを知りたくて。結局、あまり話すことがなく早々に退散することになったが。
それから、魔獣鑑定士の試験で再会をした。どれほど自分の心があの時に浮き立っていたのかナターリエは知らないことだろう。そして、それから今日まで、とんとん拍子で話が進んで、今は彼女が自分の身近にいることが当たり前になって。
(最初は、ただ興味があっただけだった。面白い令嬢だと思っただけだった)
しかし、いつからだろうか。そうではない感情が大きくなったのは……と、それは昨晩彼女の寝顔を見ながら考えていたことだった。だが、彼にはその答えがはっきりとはわかっていなかった。
緩やかに、気が付けば大きくなっていたのだと思う。今、当たり前のように、自分の飛竜で共に乗って、当たり前のように一緒に飛んでいるが、いつからだろうか、他の誰にも任せたくないと思うようになったのは……。
「どうするかな……」
ぼそりと呟くヒースに「そちら、急ぎの書類です。早く目を通してください」とフロレンツは容赦なく仕事を与えたのだった。