魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
13.リントナー家
ナターリエはルッカの町から飛び立ち、リントナー辺境伯邸に向かった。ナターリエはすっかりベラレタの様子に驚き、他のリントナー家の人々に対して、ある意味疑心暗鬼になっている。

「言っておくが、ナターリエ嬢」
「はい」

 こほん、と一拍おいて、ヒースは説明をした。

「姉貴が、特別なんだ。あの年齢で結婚をしていないことも珍しいことなんだが、まあ、あの気質でな……フロレンツもああいう人間なので、それで問題がないと言っているが、まあ、リントナー家では頭を抱えてはいる」
「あっ、そ、そうなんですか」
「だが、今はルッカの町もこの国の要所になっているのでな。今、一層関所の強化と、街道に続く道の整備やら何やらに金もかかっているし、人が増えれば治安も乱れる。その辺を、姉貴が全部やってくれているので、親父も多くは言わないんだが……ほんと、フロレンツが相手だから、あんな風に身勝手なんだろうなぁ」
「ふふふ。でも、とてもかっこよいです」
「かっこいい? そうか? ガサツなだけに見えるが」
「いえ、かっこいいですよ」
「ううん、それはちょっと賛同しかねるが……」

 そうこう話しているうちに、森を抜けて眼下に邸宅が現れる。飛竜ならばあっという間の距離だった。



 リントナー辺境伯邸に入ると、人々はドタバタと動き回っていた。が、ヒースの来訪を見て、それをぴたりと止める。

「ヒース様、お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいませ!」

 と言いながら、みな、じわりじわりと何か動き出しそうな気配だ。

「なんだ? お前ら……」
「その、その、ヒース様が、その、お嬢様をお連れになるとお伺いしまして……」
「は……?」
「お迎えの準備をですね……」
「は? 別に準備も何もいらんぞ……? 魔獣の資料を見に来ただけだ」

 呆れたようにヒースが言えば、使用人たちはみな「あれ?」と顔を見合わせる。

「どういうことだ?」
「先程ベラレタ様からご連絡があって」

 一体いつそんなことをする時間があったのか、とヒースは呆れる。どういう形で連絡を取り合ったのかはわからないが、こちらは飛竜で飛んできたので、それこそあっという間だった。そのあっという間に、バタバタと使用人たちが何やら「準備」をしていたというわけだ。

「親父たちに挨拶してから、資料を見せて、それから帰る。それだけだ。ナターリエ嬢、行こう」
「はっ、はい……」

 困惑の表情で、ナターリエは使用人たちにぺこりと頭を下げた。使用人たちはそれを見て「可愛らしいお嬢様だ」「お美しい」と口々に言って「何故あのお嬢様が、ヒース坊ちゃまに連れられてきたのだろうか?」「どこでお会いになったのか」「王城でナンパをしてきたのだろうか」と、どんどん斜め上の感想に発展していく。どうやら、ナターリエが魔獣鑑定士であることは、使用人たちにまではきちんと話が通っていないようだった。



 リントナー辺境伯は、邸宅裏にある竜舎――もともとリントナー家にも飛竜は何体かはいるのだ――で飛竜の世話をしていた。ヒースいわく「ただの趣味だ」と言う。

「親父、帰ったぞ。ナターリエ嬢、これが俺の親父で、辺境伯だ」
「なんだ、この放蕩息子が、雑な挨拶をしおってからに」

 そう言って竜舎から出て来た辺境伯は、驚くほどのダンディズム、驚くほどの品位を持ちつつ、手には竜の住処に必要な藁などをかき混ぜるためなのか、ピッチフォークのようなものを持っていた。

「お初にお目にかかります。ナターリエ・ハーバーと申します」
「ああ、これは。わたしは、アーノルド・リントナーだ。リントナー領にようこそ。このようないでたちで申し訳ない」

 確かにいささか格好はラフだったが、それでも不思議と品が良く見える。

「いいえ。こちらでも飛竜を飼っていらっしゃるのですね」
「ああ。わたしと次男が乗るのでな。ハーバー伯爵令嬢は、飛竜には慣れただろうか」
「はい。とはいえ、前に乗せてもらっているだけですので、大きなことは言えませんが」
「いやいや。前に乗るだけでも大変なことだ。空を飛ぶことが嫌でなければよかった」
「はい。とても気持ちが良いです」

 そう言ってナターリエが笑えば、リントナー辺境伯も笑う。

「なかなかそう言ってくれるご令嬢はいなくてな。うちの家内もそうなんだが、空は恐ろしいと言って、決して飛竜には乗ってくれん」
「えっ? そうなんですか」
「うん。次女に至っては、飛竜が怖いといって寄り付かない。楽しいのになぁ?」

 とヒースに言えば、ヒースはうんうん、と頷いた。

「資料室を使うが、いいかな?」
「ああ、自由にどうぞ」
「ナターリエ嬢、行こう。あと、申し訳ないが母上に挨拶を」

 父親のことは「親父」なのに、母親のことは「母上」なのか、とナターリエは思ったが、なんとなく聞けず、ただ素直に頷くだけだ。

「はい」
「ごゆっくり」

 そう言ってリントナー辺境伯は熊手を高く上げた。それに、ナターリエは笑って頭を下げた。
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