魔獣鑑定士令嬢は飛竜騎士と空を舞う
「ナターリエ嬢」

 彼女の言葉を遮るヒースの声音は優しい。恐る恐るナターリエは、隣に立っているヒースを見上げた。

「馬鹿だな。それは全部、杞憂だ。どれをとっても、一つも俺には問題じゃない。俺にとっては、俺の隣にあなたがいないことの方が大問題だ」
「ヒース様……」
「それは、あなたも俺のことを、好きと言うことで、そういうことでいいんだな……?」

 そのたどたどしいヒースの問いに、ナターリエもまた、たどたどしく答えた。

「は、はい。す、き、です」
「!」

 その言葉を待っていた、とばかりにヒースは両腕でナターリエを抱きしめた。ナターリエも、彼の背に腕を回して、大きな背中のシャツをぎゅっと握りしめる。柔らかだが少し涼しい夜風を遮って、温かい体温がナターリエを包む。

「もう一度言ってくれ。もう一度聞きたい」
「ええ……?」
「俺を見て、もう一度」

 ナターリエの体を抱く腕の力を緩めて、胸元に抱き寄せた彼女の顔を覗き込むヒース。おずおずとナターリエは顔をあげ、彼と目を合わせる。

(あ、あ、は、恥ずかしい、です、けどっ……)

 ばくばくと鼓動が高鳴る。何故だか目の端に涙までじわりと浮かんできた。だが、ナターリエは、精一杯の笑顔を見せて彼に告げた。

「ヒース様、好きです」

 見上げれば、彼は一瞬泣きそうな表情になる。そんな顔をするなんて、とナターリエはどきりとした。それから、彼は「ああ……」と呟いて深呼吸をした。やがて、ぱちぱちとナターリエがまばたきをしているうちに彼は落ち着いたのか、やっと笑顔を見せた。

「ありがとう……俺も、俺もあなたが好きだ……俺の婚約者になってくれるだろうか?」
「はい。喜んで」
「ああ……良かった。本当に良かった……!」

 そう言って、ヒースはもう一度彼女を強く抱きしめた。あまりにぎゅっと力を入れるものだから、ナターリエは彼の胸元に顔を寄せ「うう、苦しいです……」と小さく呻く。

「もう少しだけ……もう少しだけ、我慢してくれ。頼む」

 彼の腕に抱かれる心地よさと息苦しさを感じつつも、ナターリエは彼の胸元で彼の鼓動を聞いていた。

(ああ、ヒース様も一緒。わたしと同じだわ……)

 ナターリエの胸もじんわりと熱くなり、彼の腕の中で幸せに包まれながら瞳を閉じた。
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