ロミオとジュリエットにはほど遠い
第5章 ぼくのいもうと(前編)
◯回想・池田家が所有するマンションの応接間

  幸樹と鞠絵の祖父・池田 泰久(いけだ やすひさ)がリビングで向かいあって座っている。

  雰囲気は険悪。


泰久「……もう一度言ってくれないか?」

幸樹「鞠絵さんと結婚させていただきたい」

泰久「そんな条件を私が受け入れるとでも?」


  ふんぞり返った泰久に、幸樹はあくまでも淡々とした姿勢を崩さない。


幸樹「この契約は対等なはずです」

幸樹「あなたは海外進出のための足がかりがほしい」

幸樹「私は鞠絵さんと結婚して支援を得たい」

幸樹「そこまで無茶な条件を提示したつもりはありませんが?」


  泰久は鼻を鳴らす。


泰久「私への当てつけか?」

泰久「君の父親にした仕打ちへの」


  幸樹はにっこりと笑う。


幸樹「まさか」

幸樹「私は鞠絵さんが好きなんです」

幸樹「ただそれだけですよ」


  泰久は目を眇める。


泰久「……君はずいぶんと食えない男になったな」


  幸樹は口角を上げつつも、冷や汗をかく。


幸樹(この男は、絶対に条件を呑む)

幸樹(海外進出の手段はいくつかあるだろうが)

幸樹(俺を使うのが一番楽で安上がりだと判断する)


  泰久は射抜くような視線を幸樹に向ける。


泰久「いいだろう、鞠絵との結婚を認める」


  泰久の許可に幸樹は浮かれそうになるが、すぐに冷静になる。


幸樹「……結婚するにあたり、何かしらの条件はあるんでしょうね?」

泰久「もちろん」

幸樹(それから、細々とした制約を押しつけられた)

幸樹(必要以上に関わらないこと)

幸樹(寝室は別々にすること)

幸樹(俺は離れで生活すること──)

泰久「──まぁ色々言ったが、食事くらいなら一緒にとってもいい」

泰久「時間が合えば、の話だがな」


  しれっとした顔で言う泰久。


幸樹(俺の仕事──歴史学者としての仕事が忙しいから無理だろう)

幸樹(そうタカをくくってる)

幸樹(そして海外進出が成功したら適当な理由をつけて離婚させるつもりだな)

幸樹(智子さんのように)

幸樹「では誓約書でも作りますか?」

泰久「そこまではしなくていい」


  泰久は首に手を当てて肩を回す。


幸樹「では私はこれで」


  話は終わったとばかりにそそくさ退室する幸樹。


幸樹(許可は手にした)

幸樹(あとは……)


◯回想・幸樹の親族の和風屋敷・応接間

  泰久から結婚の許可を得た次の日。

  昼の応接間は明るいが、親族たちの顔色はさえない。

  幸樹は座布団に正座し、親族たちと相対している。


親族1「それではまるで身売りじゃないか」

親族2「幸樹くんがこれ以上犠牲になることないよ」

幸樹「いいえ、俺自身が望んだことです」


  親族たちに動揺が走る。


親族3「池田にそう言えと脅されているのかい?」


  そうあってほしいと期待を込める親族に、幸樹は背筋を伸ばす。


幸樹「いいえ、俺の意思です」

幸樹「俺は、鞠絵さんと結婚したい」


  親族たちは愕然とする。


親族4「幸樹くん、あなた……! 池田に何されたか忘れたの!?」

幸樹「全て覚えています」

幸樹「俺は池田泰久を許さない」

親族4「ならどうして……?」

幸樹「鞠絵さんには何の罪もない」


  親族たちは困った顔を見合わせる。


親族5「泰久くん、きみの言いたいことはわかるが……結婚は家同士も関わってくる」

親族5「決して当人同士だけの問題ではないんだ」

親族5「きみはそうやって割り切れるんだろうが、私たちみんながそうではない」

親族5「それはわかるだろう?」


  幸樹は親族たちから目をそらさない。


幸樹「では、この結婚によってもっと支援金をもらえるとしたら?」


  親族たち全員が息を呑む。


親族6「それは……本当か?」

幸樹「もちろん」


  幸樹はにっこりと笑う。


幸樹(俺が池田泰久の“優秀な手駒”になればなるほど、与えられる権限は増やされる)

幸樹(池田泰久の不興を買わない程度が前提だが)

幸樹(この屋敷を維持する金くらいは雑作もない)


  幸樹はひそひそと相談する親族たちを冷ややかに見やる。

  相談はすぐに終わり、親族の1人が代表として前に出た。
  

親族7「わかった、幸樹くん」

親族7「きみがそこまで言うなら、私たちも認めよう」


  幸樹は口の端を上げる。


◯回想・結婚式場・新郎控え室

  親族の説得から数ヶ月後。

  式場スタッフから式の進行について説明を受ける幸樹。


幸樹(結局、この日まで一度も会えなかったな……)


  説明を終えて、控え室を出ようとするスタッフに目礼する幸樹。

  親族もいない、1人きりの部屋でアンティーク調の椅子に腰かける。


幸樹(新郎新婦は互いに挨拶もない、仲人もいない)

幸樹(親族も紹介したりされたりしない)

幸樹(友人たちも呼べない)

幸樹(……最高の式だな)


  そう自嘲して目を伏せる。

  脳裏には、幼き日の鞠絵がちらつく。

  笑顔で無邪気に幸樹を「お兄様!」と慕う鞠絵。

  ノックの音で我に返る幸樹。

  ドアを開けると、いとこの香織(かおり)が立っていた。


幸樹「香織? もう式場に行ったんじゃ──?」


  香織突然抱きつかれ、言葉を失う幸樹。


香織「ねぇ幸樹……逃げよう」

幸樹「香織?」

香織「もう見てられない」


  泣きそうな顔の香織を見て、幸樹はその両肩に手を置きそっと引きはがす。


幸樹「ありがとう、心配してくれて」

幸樹「でもな、お前が思ってるようなことはなにもないんだ」

幸樹「俺は彼女と結婚したい」


  幸樹の言葉にショックを受ける香織。

  なにか言おうとして口を開くが、それと重なってスタッフが現れる。


スタッフ「新郎様、お時間です」


幸樹「香織、本当にありがとう」

幸樹「もう行かないと」


  呆然と立ち尽くす香織を残し、式場へと向かう幸樹。


◯チャペル・結婚式場

  牧師の前で鞠絵を待つ幸樹。

  現れた鞠絵は泰久ではなく、親族の男性に伴われている。

  目を伏せている鞠絵を見て、幼い鞠絵の姿がダブる幸樹。


幸樹(鞠絵……)
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