帝国支配目前の財閥御曹司が「君を落とす」と言って、敵方の私を手放してくれません

三年後

半透明の屋根越しに差し込む夕陽が、新しくなった美丘駅前商店街の通りを、はちみつ色に染め上げている。

仕事帰りの若い母親たちが自転車の後ろに小さな子をのせて、広い通路の中央に設けられた自転車置き場に自転車を置くと、夕食の食材を買うために子供と手をつないで広々とした商店街を歩き始めた。

「ママ、鯛焼き食べたい」

小さな指が、鯛焼き屋「つきしま」のほうを指さした。

年季ものの鋳物鍋からアツアツの鯛焼きが転がり出る。保温テーブルに手早く並べる端から、鯛焼きは売れていく。

かつて小学生だった子たちは中学校の制服姿で集まってきて、新しく住人となった小学生が、興味津々でその後ろから覗いている。

かつて常連だった亮真が、高校の制服姿でやってきた。

「芙優、そろそろ旦那が帰ってくるぞ。上がれ」

「ありがと、じゃあ、あとよろしくね」

亮真はあれからますます成長して、今は頼れる存在になった。学校が終わると店を交代し、締めの作業も一人前にこなす信頼できるビジネスパートナーだ。

「ただいま」

大我がジャケットを片手に持って肩にかけ、袖をまくったシャツ一枚で店の入り口に現れる。

「大我さんお疲れ様。一緒に帰ろ」

かっぽう着と三角巾を外して店を出た。

隣の「鳥壱」ではレイナさんが若い女の子に焼き方を教えている。子供のいない会長夫婦は、鳥壱を継ぎたいと申し出て越してきた若夫婦に、焼き鳥屋のノウハウを手取り足取り仕込んでいる最中だ。

商店街から枝分かれする通路に折れ、大我と二人並んで歩いてマンションの最下層階の自宅に向かう。


───財閥御曹司の社長が東京の外れのマンションの最下層階に住むのはいかがなものか

そう社内の重鎮たちは言うけれど、大我はこの部屋が大のお気に入りだ。

「上から見下ろすばかりでは、住む人の顔は見えない」

そう言うと重鎮たちは黙り込んだという。



───なんだかんだ言っても、俺が一番居心地のいい場所は、芙優がいる場所なんだ

いたずらそうに言う大我が愛おしい。



大我は、玄関ドアを閉じるなり私を抱きしめて言った。

「芙優、今からしよ。それで、限界まで腹すかせて、『ちばや』で焼肉食おう」

「…大我さん、子供みたいね」

甘いキスを交わしたあと、私は囁いた。


抱き上げられてベッドルームに運ばれる。

「子供みたいなことを言えるのは今だけ。俺たちの子が生まれたら、こうはいかないだろ」


ベッドにあおむけになった私の胸に触れながら甘く口づけをする。

「大我さん待って…お店の匂いがするから、シャワー浴びたい」

「だめ。俺はこの芙優の甘い匂い、大好き」

服を脱がされ、素肌があらわになる。

一糸まとわぬ姿をさらし、全身に大我のキスを浴びながら、その手に導かれるままに、シーツの上で蕩けるように両足を開いた。

指先や唇で敏感な場所を愛撫されるうち、背筋から鋭くも甘い快感が駆け上ってくる。

体を跳ね上げるようにして達した私に、大我は甘いキスを落とした。
そして慌ただしく纏っているものを脱ぎ捨てると、ふたたび上に覆いかぶさった。

唇を重ね合いながら大我を受け入れた。密着し合い、絡み合い、熱を帯びて溶け合う。

大我の背中に、腕を回す。速まる律動に、小刻みな甘い吐息。
大我への愛おしさで、体が熱い。大我のすべてを受け止めようと、両足を腰に巻き付けた。

隔たるものなく繋がって、互いに見つめ合いながら、上り詰めた。
大我からあふれ出る思いが、私の中をいっぱいに満たしていく。

そのあとも繋がりあったまま、いつ終わるとも知れぬ長い長い口づけを交わし、シーツの上で抱きしめあった。



*


(君を落とすといいながら、
堕ちたのは俺の方だった…
君と出会えなかったら俺はどうしていただろう。
芙優、ずっとずっと君を大事にする)

大我は心の中で呟いて、腕の中でまどろみ始めた芙優を、さらに強く抱きしめた。





END
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