このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
 翌日の放課後、明日の授業の準備を終えてから、図書館に向かった。
 競箒部の掛け声がこだまする中、名前を呼ばれて振り返ると、魔術省の官僚の証である紫紺色のローブを羽織ったノエルが立っている。

「ノ、エル?」

 見間違いかと思って目をこすってみるけど、やっぱり目の前にいるのはノエルだ。

「お疲れ様」
「ど、どうしたの?」
「婚約者さんがなにをしているか気になっているから来たんだよ」

 ふわりと笑う顔は本当に綺麗で中てられそうになるけど、大事なことは聞き落とさなかったぞ。よくやった、私。

 要は、私の見張りを強化しようって魂胆ね。
 どうやら、アロイスと仲良さげに話していたから不信感が強くなっちゃって、私が裏切り者かどうか探りにきたようだ。

「望むところよ。しっかりがっつり見てくれたらいいわ」

 それならむしろチャンスよね。
 誤解を解いてアロイスルートのバッドエンドを回避できるかもしれないわ。

「一体どんなふうに解釈したのかわからないけど、とんでもない勘違いをしているのはわかったよ」
「なによ、バカにしているの?」
「バカでしょ? 頭はいいけど」
「どっちなのよ?!」

 褒めるのか貶すのかはっきりしなさいよ。
 睨みつけてみたけどノエルには全く効果が無くて、わざとらしく溜息をつかれた。

 ノエルったら、最近は私に対して慣れ慣れしすぎやしないかい?
 別にいいけどさ。

   ◇

 昨日と同じ、植物関連の本が並ぶ書架へ行くと、アロイスが書架に体を預けて本を読んでいる。
 あまりにも美しい景色に、息をするのも忘れて見入ってしまいそうになった。

 私たちの気配に気づいた彼は顔を上げると、「ベルクール先生、待っていました」、なんて言ってくれる。

 待っていてくれて、いたんだ。
 いま確実に心臓に矢が突き刺さった気がする。

 どうかもう一回聞いてください。
 私の推しが、待っていてくれていました。

 尊いっ!!!!

「で、どうしてファビウス先生がここにいるんですか?」

 アロイスの視線は隣に居るノエルに注がれる。
 その目は私の知る【氷の王子様】らしいもので、これもまた尊くて叫びたくなるけどグッとこらえた。

 そうよね。
 なんでオリア魔法学園から遠く離れた魔術省舎で働いているはずのノエルがここにいるのか、気になりますよね。

「殿下、彼女は私の婚約者ですよ。婚約者に毎日会いに来てはいけませんか?」

 ノエルはいけしゃあしゃあと婚約者ごっこに興じている。

「いけないとは言っていませんが、学校に私情を持ち込まないでください」

 優等生のアロイスはそう言うと、ノエルのことはさっさと無視して明日の授業の予習をしていてわからなかったことを質問してくれた。

 ちゃんと前の日に予習するなんて偉いわ。偉いし尊い。さすがは私の推し。

「予習までしてくれているなんて嬉しいわ。本当によく頑張っているわね」
 
 今日も頭をなでなでしたい気持ちに駆られたが、ノエルが後ろから突き刺さるような視線を飛ばしてきたから、我慢した。
 
   ◇

 図書館から出ると、ノエルはまだ帰ろうとしなくて、一緒に準備室まで行こうとする。

「ノエル、今日はもう帰って」
「どう、して?」

 みるからにショックを受けた顔をされると良心が痛む。

「いまから妖精たちにモーリュのことを聞くの。妖精と話そうにも、あなたがいたら出てきてくれないんですもの」

 そう付け加えると、渋々とした顔をしているけど、帰ってくれることになった。
 ノエルは私を見張ろうとしているのに、その表情は相手をしてもらえなかった子どものようで、ちょっと可愛らしく見えてしまった。

「ノエル、今日は早く寝るのよ?」

 冗談で、お母さんのように言ってみる。

「わかってるよ」

 ノエルは呆れたような顔で見てくるんだけど、私のお母さんごっこに付き合ってくれた。

「本とか読んじゃダメなんだからね? 頭が冴えちゃうかもしれないんだから」
「ああ、読まないようにする」
「よろしい」

 ノリで頭を撫でてみると、ぎょっとした顔をしつつも、おとなしく撫でられてくれる。
 そんな姿はアロイスに似ているけど、口にしてはいけないことだから心の中に留めておいた。

 あと、ノエルの髪は嫉妬するほどサラ艶だった。
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