このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
   ◇ 

 リュフィエがデュラハンを下し、彼女の力のことを学年主任のクーディメル先生に報告してからというもの、生徒たちへの説明や宮廷魔術師団の対応に追われた。

 慌ただしくしている間に真夜中になっており、フィニスの森の霧が深くなっていた。
 生徒たちをそれぞれの宿泊する小屋に送って教職員用の小屋に戻ってくると、グーディメル先生が外に出ている。

 なにか言いたげな顔をしており、用がありそうなのは見て明らかだった。
 
「ファビウス卿、まさかあなたが規律を破る行動をとるとは思わなかったよ。学生の頃から品行方正だったというのに、すっかり変わってしまったな」
「それほど緊急事態だったんですよ。生徒を助けなければなりませんでしたので」
「さあ、それだけではないと見受けられるがね」

 グーディメル先生はこれ以上説教するつもりはないらしく、そのまま踵を返した。

「だけど、昔と比べて憑き物が落ちたようで、良かったよ」

 そう言い残して。


「やれ、やっとお話しできますね」


 グーディメル先生と入れ違いに、宮廷魔術師団のルーセル師団長が霧の中から姿を現した。隠れて会話を聞いていたのは知っていたが、きっと内密な話をしに来たんだろうと推測して、声をかけないでいた。

 百年は生きているこの師団長は、杖をついているがまだまだ第一線で活躍している。そんな彼が自分の背丈ほどある杖を三回ほど地面に打ちつけると、一瞬にして周りの音が消えた。
 結界が張り巡らされたのを確認すると、彼は胸を手に当てて、神妙に礼をとった。

「殿下に改めてご挨拶いたします。ごきげんうるわしゅう」
「そのご冗談はもうおやめください」

 全てを知っている師団長が会うたびに僕を王族の一員として接してくるのは、すぐにでも止めて欲しいのが本音だ。
 あの国王との繋がりなんて、忘れていたいとさえ思っているのに。

「いいえ、ノックス王族に伝わる月の魔力を持つ正統な後継者であられますのに。あなたが生まれた日のことは、今でも鮮明に覚えていますぞ。陛下の命を受けて鑑定しに行けば、王国中の自然があなたの誕生を祝福して輝いておりましたのですから」

 女神から授けられた月の魔力、それが代々のノックス王家に受け継がれていたのだが、国王には受け継がれなかったこの力を、僕が受け継いでしまった。

 この力のせいで僕は国王に疎まれて、それでも皮肉なことに、この力のおかげで殺されなかった。

「魔力の強さを物差しにして相手を見るなんて、シーアの人間と同じですよ?」
「むむ……あやつらと一緒にしないでください」

 シーアでは魔力の強さが全てだ。
 そのためか、我こそがと目論む魔術師が王族への謀反を企てては処刑されているのだとローランから聞いたことがある。

 そんな国だからこそ、月の魔力を受け継いだ僕は敵国の人間であるのにも拘わらず、受け入れられた。
 ローランにいたっては崇める対象のように接してくるものだから、シーアの魔力信仰の異常さが窺えるが、おかげで疑われることなく動向を探れる。

「デュラハンを仕掛けたのもシーアのようです。本国で召喚したものを、ダルシアク卿が呼び寄せています」
「なるほど、夜が明けたら結界のほころびを探して閉じておきましょう。いやはや、あなた様がいなければアロイス殿下は今ごろどうなっていたことやら」
「僕はなにもしていませんし、そもそも歯が立ちませんでした。サラ・リュフィエの光の力でないと、倒せなかったのですから」

 光の力だなんてなにが特別なんだと思っていたけれど、今日の戦いで改めて、光使いが崇められる理由がわかった。
  
 魔力では傷一つつけられない闇の力を持つ魔物に、唯一対抗できるからだ。

 またあのような魔物が現れれば、悔しいけれど僕ではレティシアを守れない。
 リュフィエだけが頼りなのだ。

 まだ目覚めたばかりの彼女には酷なことだけど、すぐにでも力を使いこなして欲しい。

 来たる時が訪れる前に。

「今後もきっと、彼女の力でないと倒せない魔物が現れるでしょう。僕は引き続きシーアの動向を探って報告しますので、約束を覚えておいてくださいね」

 初めてローランが接近してきたとき、シーアと手を組めばこの国に復讐できると喜んでいたが、今は別の理由で、彼に信用されていて良かったと思う。

「覚えていますとも。この国を守る対価として、この国から婚約者を守ってほしいと要求されるとは、驚きのあまり忘れられませんから」

 ルーセル師団長は深くため息をついた。

「この国は長らく深い闇が覆っています。あなたが王座を継いでくれるといいのですが」
「いいえ、アロイス殿下こそがふさわしいでしょう。殿下はこの学園で仲間に恵まれて、立派に育っていますから」

 ずっと彼のことが疎ましかった。

 あの顔を見れば国王陛下を思い出してしまう上に、同じ血を引いたというのに、なにも奪われず大切に育てられてきたものだと思っていた。

 しかし、レティシアと話す彼を見ていくうちに、彼もまた同じ血に苦しめられていて、それでも民を守る王になろうと藻掻いている姿を見ていると、いつしか力を貸したくなった。

 さすがに兄上と咄嗟に呼ばれたのには驚かされたが、不思議と嬉しく思った。あんなにも疎ましかったのにずいぶんと仲良くなってしまったものだと、我ながらおかしくて笑ってしまった。

 レティシアが僕を取り巻く世界を変えてくれたおかげで、僕は変わった。
 変えてくれた世界で過ごす日常は心地よくて愛おしい。

 この日常を守るためにも、裏切り者として、ノックスとシーアの間を渡り歩くつもりだ。
 
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