このたび、乙女ゲームの黒幕と婚約することになった、モブの魔法薬学教師です。
 職員会議が終わって準備室に行くと、ノエルがもう来ていた。

 妖精たちと話をしていて、一見すると微笑ましい光景なんだけど、きっと彼らはかわいいお話なんてしていない、気がする。
 だって、妖精が企み顔になっていたんだもの。
 なにか取引をしていそうなんだけど、巻き込まれそうで怖いから聞かないことにする。

 触らぬ神に祟りなし。
 神じゃなくて、妖精か。

「職員会議お疲れ様、紅茶淹れるよ」
「ありがとう」

 今日のノエルは魔術省の仕事終わりに立ち寄っていて、その証拠にコート掛けには紫紺色のローブがかかっている。

 ノエルは、進路とか、どう決めたのかな?

 ふと、そんな疑問が頭をかすめた。

 そもそもファビウス家は代々、騎士を輩出してきた家だ。お義父さんは騎士団の団長を務めているから、ノエルは跡取りとして引き取られた以上、騎士になるのを求められたと思うんだけど、彼は魔術省の文官になっている。

 進路は自由に決めさせてくれていたのかもしれない。
 国王陛下に睨まれないようにしていたらしいけど、ノエルの意思を尊重するように動いてくれていたのかも。

「レティシアのクラスは進路希望調査書どうだった?」
「第一希望が魔王なのが一名と、無記入が一名いたけど、他は順調に面談できそうだわ」

 ノエルは声を上げて笑った。

「はははっ、第一希望が魔王ね。きっとバルテだろう?」
「あ、あたりよ」

 す、鋭い。やっぱり鋭い。
 まだヒントを言ってないのに、ズバッと当ててきたわ。
 ゲームの中のノエルと比べると雰囲気が変わってきたけど、備えているスキルは一緒のようね。
 
 ノエルは人をよく見ている。
 先読みして、人の懐に入るのが上手だ。
 ゲームではその力を存分に活用して、攻略対象たちやイザベルの弱みを見つけ、揺さぶりをかけていた。

「白紙で出した人はわからないな」
「クララックさんよ」
「ああ、なるほど」

 ノエルは納得したように呟くと、ティーカップに視線を落として、考え込んでいる。
 セザールのことも、なにか知っているのかもしれない。

「クララックは魔法応用学の授業にすごく興味を持ってくれているんだ」
「あら、そうなのね」

 見守っていると、ぽつりぽつりと話し始めた。

「図書館で魔術の本を借りてるのもよく見かけるし、もしかして宮廷魔術師団に入りたいのかもしれないけど、まあ、彼の場合は宰相補佐が待っているから諦めないといけないだろうね」
「やっぱり、爵位はクララックさんが継ぐのね」

 夢の中で見たセザールも、魔術の本を借りていた。
 どうしよう、やっぱり正夢になってしまうのかも。

 そうなってしまうのなら、セザールはきっともうすぐ、闇魔法の本を図書館で見つけてしまうはず。
 全ての人間を征服できるような強い魔力を求めて、本の持つ魔力にのみ込まれる、かもしれない。

 生徒が苦しむイベントをわざわざ再現する必要なんてないわ。
 セザールの気持ちを聞いて、イベントが起こるのを阻止しなきゃいけないわね。

「明日、クララックさんの話を聞いてみるわ」
「僕もそれとなく様子を見ておくよ」
「助かるわ、よろしくね」
「魔法応用学の授業でしか会えないから、力になれないかもしれないけど」
「そんなことないわ。ノエルならクララックさんのこと、なにか気づけるかもって思うの」

 ずっとここにいる私でも気づけないセザールの動向を、魔術省の仕事の合間に来てくれているノエルは知っていたんだもの、彼の観察眼を頼りにしたい。

 ……あれ?
 そういえばノエルって、いつ休んでるの?

 魔術省とオリア魔法学園の仕事をこなしていて、いまや平日も休日もここに来ているし、魔術省の仕事で休日に呼び出されたりすることが何度もあったけど、振替で休みをもらっているという話は聞いたことがない。

 なんてこった。
 この黒幕(予備軍)、とんでもない社畜なのでは?!

「ノエル、ちゃんと休んでる?」
「休んでるよ」

 嘘おっしゃい。
 お義母様からの手紙(定期便)にネタは上がってるのよ。

「この前は休日も出勤したわね?」
「まあね、朝だけ仕事してすぐにここに来たけど」
「次の日はお義父様と一緒に会食に行ったってお母様から聞いたけど?」
「夜には帰らせてもらってここに来たけど」

 けろりとした表情で答えてるけど、ノエルが自由にしている時間が全くない。
 それ、休んでるって、言わないから。

「休んでなくない?!」
「休んでるよ」
「まだそう言うか!」

 この子はいったい、なにを休んでいると勘違いしてるのかしら?
 休むってのは、なにもしないでぼんやり過ごしたり好きなことをして過ごすことよ?
 それなのに仕事や家のつきあいに顔出した後にここに立ち寄ったら、そんな暇はないはず。

「忙しいときは無理してここに来なくていいのよ? その、ジルとミカがいるんだし」
「ここには、来たいから来ているんだ」

 私の提案が気に食わなかったようで、しかめっ面で睨んでくる。

 ははーん、なるほど。
 自分がわざわざ見に来ないと気が済まないほど私の動向が気になるのね。
 なによう、ちょっとは信頼してくれてると思ったんだけどな。

 いじけていてもしょうがない。
 まだまだ信用してもらえないなら、【なつき度】を上げるまでだ。

 多忙なノエルをいたわって、見直してもらおうじゃないの。

 いい作戦を思いついたわ。
 その名も、【リ☆フレッシュして見直しちゃお!作戦】!!!!

 私がノエルにとってどれだけ人畜無害でただのモブであるのか、身をもってわかってもらうわ!

「それなら、魔術省の仕事をお休みして、一日中ここにいて! 家に帰っちゃダメよ!」
「どう、して? さっきは来なくていいと言ったのに」
「忙しいノエルに悪いと思ってそう言ったけど、あなたにいて欲しいのよ。そばで見ていないと、ノエルがなにしているのか気になっちゃうし」

 そう、見張っていないとちゃんと休んでいない気がする。
 ノエルが私を見張るように、私もノエルを見張ってやるわ。

 だってノエルには、なにもしないでぼんやりとして休んで欲しいのよ。
 隙のない黒幕(予備軍)のノエルがぼんやりしているところなんて想像できないけど、このままじゃきっといつか体を壊してしまうわ。

「っレティシア、それってもしかして、僕のこと……」

 ノエルは少し視線を泳がしていて、戸惑っているようだ。
 さすがに家にも帰るなっていうのはやりすぎだったかしら?

 でも、家にいると結局はお義父様のお手伝いとかしそうだし。

 珍しくどぎまぎと話すノエルは、勉強をサボろうとしているのが母親にバレるのを恐れている子どものようで、ちょっと面白い。

 優等生のノエルはそんなことしないだろうけど。

「そうよ、ノエルがちゃんと休んでいるのか、お母さんがちゃあんと見張ってるんだからね?」

 第二の母の気持ちになってそう言うと、ピシッと音がしそうなほど一瞬で、ノエルの表情が固まった。

「……」
「ノエル?」
「……ああ、それ、まだ続いているのか」

 ノエルは眉間をおさえて、なにか痛みに耐えるような顔をしている。

「……ああ、うん、なるほど。そういうこと、か。そろそろ僕も学ばないといけないはずなんだけど、期待して、しまう」

 しかも、ぼそぼそと呪文なようなものを呟いている。
 疲れがたまっているようだし、早く休ませないといけないわね。
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