《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

巨額の造園費用問題、解決

 これまでのループで学習したマーゴットは、まず王家に対する一切の遠慮をやめることにした。

 思えば、これまでマーゴットはよく考えもせず国王や王妃に忖度していただけで、本来正統な王太女のマーゴットが彼らに遠慮する道理などなかった。



 まずは両親が亡くなった後、勝手に発注された霊園の造園について。
 葬儀の後、霊園墓地が完成する時期や、建設費用の請求が来る時期は、ループによってまちまちだった。

 今回の人生では霊園内に両親の亡骸を納める霊廟の意匠に業者が凝ったそうで、業者がオズ公爵家に工事完了の連絡を寄越したのは、マーゴットが最終学年に進学した後のこと。

「お父様とお母様が亡くなって、いったい何年経ったと思ってるのかしら。詐欺と言われても文句を言えないでしょうに」

 オズ公爵家はマーゴットの父である王弟が新しく立てた家だから、まだ家の墓地がない。
 今は仮に、王家の霊廟内に遺体を棺のまま保管してもらってある。
 正式な埋葬はマーゴットが女王に即位してからでも良いだろう。



 建設業者から来訪のアポイントを取りたいと先触れが来た時点で、マーゴットは神殿と雑草会に連絡を取った。

 神殿には、滞在中のカーナと、世話になっている神官に向けての報告を。
 雑草会へは、前のループでも協力してもらった宰相令息の法務官、ホルトラン侯爵令息テオドアに事情を説明して助けを求めた。

 で、請求書を持ってやって来た王都の建築業者の代表者に、堂々と支払い拒否を突きつけたわけだ。

「バカなこと言わんでください! 支払わないって、それじゃ我々はタダ働きじゃないですか!」

 ようやく大口工事の費用回収ができると、ほくほくした上機嫌な顔でオズ公爵家を訪れたのに、待っていたのは建築費用の支払いを拒否する生意気な公爵令嬢と、冷たい顔の宰相令息の法務官。
 恰幅の良い建築業者の代表者は憤慨して顔を真っ赤に染めた。

「人聞きの悪いことを言わないように。本件については不審な点が多々見られるため、法務官の私、テオドア・ホルトランが担当する。代表者殿、まずはオズ公爵家の霊園造園に関する契約書を確認したい。もちろん持参しているのだろう?」
「え? け、契約書ですと!?」

 もちろん、そんなものあるわけがない。
 少なくとも、亡き公爵夫妻の娘マーゴットは見た覚えもなければ、契約締結のサインをした覚えもない。

「そ、それはですね、王妃殿下より依頼がありまして、それで我々はお引き受けしたわけで。土地の確保から資材の調達、何から何まで……」
「まあ、王妃様が? そうでしたの……ならば、王妃様に費用を請求するのが筋ではなくて? なぜオズ公爵家に来られましたの?」

 よくわからないわ、とマーゴットは扇で口元を隠し、小首を傾げて見せた。
 まったくもう、本当にマーゴットには意味がわからないのだ。

「法務省でも本件について調査を進めさせてもらった。つまり業者側は王妃殿下の些細な独り言を真に受けて、オズ公爵令嬢マーゴット様に確認も取らず、契約書を交わすこともせずに工事に着工し完了して請求しに来たと」
「い、いや、それは、しかし……っ」
「私は調査結果という事実を述べただけだが、何にせよ随分と非常識ではないかな?」

 いきなり契約書も交わしていない建設工事が完了したからと請求書を持って「代金をお支払いください」と言ってきた。

「こんなものは、取引でもなんでもない。ただの詐欺ではないか?」
「う、ううっ」

 ぐうの音も出まい。

「そもそもわたくし、その霊園? 霊廟? とやらの規模もデザインも、何も意見を求められておりませんわ。実の両親の埋葬場所のことですのよ? ありえません」

 過去のループの記憶がなければ、マーゴットは霊園の造園工事が進められていることも知らなかったのだ。
 そんな場所に、両親の遺骸を葬る気はなかった。

「さて、代表者殿。こちらの主張はお伝えした。異論があるなら裁判で決着をつけるとしよう。……だが、王家にあらためて請求し直したいと言うなら、宰相子息の私が渡りを付けてやってもいいのだが、どうする?」

 宰相令息で現役法務官のテオドアが結論を迫ると、しばらく赤くなったり青くなったりを繰り返していた業者は、やがて分が悪いと悟り諦めたように項垂れて、

「よろしくお願いします」

 とだけ言って帰っていった。



「本当に裁判になってしまうのでしょうか?」
「いえ、造園費用が不払いになると彼の建設会社は潰れてしまうので。程々のところで私が父の宰相に話をつけて、王家と交渉できるよう持っていくつもりです」
「そうですか……良かったです」

 マーゴットとしても業者を困らせたい訳ではなかった。

「後のことは法務省で対応します」
「お疲れ様でした、ホルトラン侯爵令息様。私だけで業者様と交渉できる自信がなかったのでとても助かりましたわ」

 こういうとき、頼りになるのが雑草会のネットワークだ。
 千人も会員がいれば、伝手を辿れば必要な知識や人脈がある。

「あの業者、王妃様と懇意にしてるだけあって、雑草会とは縁もゆかりもないのですよ。我々も事態の把握が遅れてしまったのはそのせいです。マーゴット様にはご迷惑をおかけしてしまいました」
「あなたが謝る必要はありません。強気な対応ができて、むしろ感謝しておりますわ」

 まだ未成年のマーゴットだけでは交渉も難しかっただろう。
 早々に自力の解決を諦めて、神殿と雑草会に助けを求めたのは良い手だった。



 後日、さすがにこの話は、テオドア法務官を通じて業者側から王家に訴えがなされ、ことの発端である王妃自身の耳にも入ることになった。

「マーゴット、ごめんなさい! まさかこんな大事になるだなんて私は思わなかったのよ!」

 王妃に呼び出され、涙混じりにハグされて謝罪された。
 息子のバルカス王子と同じ、金髪と青目のメイ王妃は華奢で、世の中の男の理想を凝縮したようなとても美しい女性だ。
 今年成人する息子がいるとは思えないほど若々しく輝いている。

「謝罪は受け入れます。王妃様」

 王宮で人目を気にせず何度も何度も頭を下げられた。
 謝罪があるなら、マーゴットはそれで後は問題ない。

 その後、テオドア法務官を交えて王家と話し合いをした。

 霊園の造園費用は王家が出すことになった。
 そうなれば、国王が弟夫妻の墓を作ったことになるので、マーゴットも文句は言わなかった。

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