《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

国王陛下にご拝謁

 アケロニア王国の王都に到着したマーゴットとカーナは、休む間もなく王宮の謁見の間に通された。

「来て早々に済まない、マーゴット。だがカーナ殿の龍の姿を見た者たちが大騒ぎしているのだ。早めに国王()に挨拶して事情を説明してもらえるか?」
「ええ、もちろん。その、……迷惑かけてごめんなさい」

 まず、控えの間で身体を拭き清めてから持参していた荷物からドレスを引っ張り出してきて、グレイシア王女の侍女たちの助けを借りてコルセットを締めて着用した。
 そして化粧や、空を飛んだ風で乱れに乱れていた赤毛のゆるい癖っ毛をハーフアップに結い上げて貰っていた。
 マーゴットの髪は薄く油を伸ばせば自然な束になって、艶のある巻き髪になる。
 あとは使い回しのきく真珠のネックレスとピアス、目の色に合わせた宝石の付いた金の髪留めを留めれば完成だ。
 ここまでで、思いっきり時短で一時間。

 マーゴットの準備が終わると、ワンピース姿だったグレイシア王女は黒の軍服姿に着替えていて、ドレスアップしたマーゴットに手を差し伸べてきた。
 髪は結っておらず、豊かな長い黒髪を背中に流している。

「ふふ。本当に男の人と同じ格好なのね」
「そうだ。前に手紙で教えただろう? 我が国の正装は我が祖父の代から、男女の区別なく軍装と定められていると。……いつでも戦えるようにな」

 そのままグレイシア王女にエスコートされて謁見の間へ向かった。

 ちなみにカーナは付いてきていない。
 王都を騒がせてしまったことを反省して、マーゴットの立場が悪くならないよう、後から効果的な登場の仕方をすると言って王宮を出て行ってしまった。



「円環大陸を代表するアケロニア王国、勇者の末裔にして偉大なるヴァシレウス大王陛下の御子、いと賢き智慧の黒き瞳持つテオドロス国王陛下に拝謁賜りまして、カレイド王国はオズ公爵家の嫡子マーゴットがご挨拶申し上げます」

 クリーム色の生地に、金糸の刺繍を入れた光沢ある茶色のリボンで飾りを付けた『プディング風』の色合いのドレスで、マーゴットはアケロニア王国の国王に拝謁し、優雅なカーテシーで礼を示した。

 初めの挨拶の口上は、国際的に使われている定型文ではなく、アケロニア王国の優れた要素を存分に盛り込んだ独自の文言を用いた。
 グレイシア王女からアケロニア王国の国史を解説した書物を頂戴していたし、この国の王族はマーゴットたちカレイド王族と同じ、勇者の末裔だ。
 それに、先王は王の上位職ともいえる大王の称号持ちで、現国王は豊かな見識を持つ知識人として知られている。

 謁見の間には諸侯が集まっている。
 この短時間によく集めたものだなと思っていると、元々王宮内や近隣にいた文官と武官たちがそのまま集まったものだとグレイシア王女が横からこっそり教えてくれた。



 マーゴットの燃える炎そのものの赤毛と、鮮やかに輝くネオングリーンの瞳は、おいしそうなプディングドレスによく映えた。

 マーゴットがカレイド王国の次期女王であることは、もちろんアケロニア王国側は知っている。
 まだ成人前の十代の少女だから貫禄はなかったが、美しい燃える赤毛の巻き毛と輝く瞳、姿勢良く伸びた背筋と淑女の見本のようなカーテシー。
 会場内のそこかしこから、感嘆の溜め息が漏れる。

「遠いところをよくぞ参られた、マーゴット公女。黄金の龍に乗る貴女の姿は、まさにカレイド王国、中興の祖の女勇者を彷彿とさせた」

 黒髪と黒い瞳の、グレイシア王女とよく似た端正な顔立ちの中年男性がこの国、アケロニア王国の国王テオドロスだ。
 勝ち気な娘の王女とは違って、思慮深そうな穏やかな表情の王だ。

「もったいないお言葉です。事前の通達が遅れて皆様を驚かせてしまったこと、心よりお詫び申し上げますわ」
「して、守護者カーナ殿はいずこに?」

 それなら、とマーゴットは謁見の間に隣接するバルコニーを見た。

「もう外に来ております」



 瞬時に、晴れていた空に暗雲が立ち込める。
 空に幾筋もの雷光が走る。
 突如、夜のように暗くなった空に浮かぶは巨大な黄金の鱗の龍だ。
 巨大な龍の、宝玉のような琥珀の瞳がバルコニーから謁見の間を覗き込んでいる。

「カレイド王国の守護者カーナが降臨致します」

 ざわめく諸侯たち。
 国王テオドロスは玉座から身を乗り出している。

「おお……!」

 轟音をともなう雷鳴とともに、黄金龍は姿を消して、若い黒髪の優美な青年の姿でバルコニーに降り立った。

 そして足がバルコニーに着地する寸前、青年は白い毛の一角獣(ユニコーン)へと姿を変えた。
 仔馬サイズの小さな一角獣は、虹色の燐光をまとい、宙に散らしながら玉座へとゆっくり歩いていく。

 そして玉座から立ち上がって事態を見守っていたテオドロス国王の手に鼻先を軽く擦り付けた後、優美な黒髪と琥珀の瞳の美しい少女の姿になった。

 ほう、と諸侯から再び溜め息が漏れた。

 すると人々の目の前で少女は青年へと姿を変える。
 胸元に手を当て、軽くテオドロス国王に頭を下げた。

 諸侯たちからはどよめきが起こる。

 涼やかな声が通る。

「ハイヒューマン、神人カーナだ。カレイド王国の守護者として、次期女王マーゴットとしばらく厄介になるよ」

 あとはもう、謁見の間は割れんばかりの歓声の嵐だった。
 ハイヒューマン、しかも神人クラスの守護者が自国の王に礼を示した!

 テオドロス国王本人も、先ほど一角獣に鼻先を擦り付けられた手の甲をもう片方の手で握り締めて感涙に黒い目を潤ませている。

「ようこそ……ようこそ、マーゴット公女、神人カーナ殿! 皆の者、宴だ! 宴の準備をせよ!」



「ちょっとパフォーマンス、やりすぎちゃった?」
「こういうのは、派手なぐらいがいいんだ。感謝します、カーナ殿」

 事前に三人で示し合わせていた通りの演出で、カーナがやってくれた。

 カーナは人類の上位種ハイヒューマンの中でも、更に進化した神人と呼ばれる最上位種の一人だ。
 莫大な魔力を持つだけあって、天候操作など朝飯前。

「父上はカーナ殿の伝承が大好きなんだ。数奇な運命を辿った竜人族の王子の神話がな」
「そうなの? じゃあ滞在中に昔語りでもしてあげよう」

 アケロニア王国に滞在中、マーゴットは王都の学園に編入して学ぶことになる。
 その間、カーナは暇になるのでアケロニアの王族や貴族たちと交流するつもりだ。

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