《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

夢の中で夢に気づいた

 マーゴットがシルヴィスへの愛情を魔力に変えて夢見の世界に入ると、何とその回からマーゴットはバルカスを好きになった。

 けれどあまりにもその執着がまともでないので、親友のグレイシア王女や周囲が積極的に関与してくるように展開が変わってきた。

 カーナのことは守れるようになってきた。
 だが、必ず最後にバルカス王子がマーゴットを殺してしまう。
 あるときは眼球を抉り、撲殺。しかもマーゴット自身がなかなか夢見の自覚を取り戻せなかったので、何十回とループしてしまう羽目に陥った。

 改善した次の夢見では、婚姻の儀を済ませた初夜やその後の閨で首を絞められて殺される。

 夢見の世界から現実に帰ってくるたび、内容を皆で整理していたが、現実に帰れずループ現象が頻発しているのはかなり不味い。

「やはり人間に夢見の術の使いこなしは難しい。カーナにやらせなさい!」

 神人ジューアの鶴の一声に、皆はあっと驚いた。

「でも、カーナ様はまだ目が覚めておられません。どうやって夢見の世界に入らせるのです?」

 シルヴィスの疑問は当然だった。
 が、術者の魔女メルセデスに言わせれば「その手があったか!」と思いっきりエメラルドの目を見開いていた。

「夢見の術では、夢の中に入る人間を術者が指定するの。カーナ様はまだ意識が戻らないけど、元々意識だけの世界の夢の中でなら元通りになってるんじゃないかしら」

 それに、カーナ自身が夢の中で夢の自覚を持てば、それこそ確実に世界が変わる。
 神人で元々莫大な魔力と能力を持っているので、マーゴットたちより的確な行動が起こせるのではないか。



 そして次の夢見では、行動にカーナ本人を巻き込んだ。

 ダイアン国王は王妃を理由にしてカーナをカレイド王国から遠ざけていたが、それはバルカス王子からも離すことになるので続行。

 マーゴットは幾度か夢の中でループを繰り返しながらも、何とか永遠の国にいるカーナに連絡を取ることに成功した。

 ここまでやって、さすがに神人カーナは複数の夢の世界の知覚を獲得した。
 まだあくまでの夢の中限定でのことだったが、何度もマーゴットがループするたび、夢の中でならその繰り返しの人生をすべて認識し、記憶を保持するようになる。

 だが、まだ『なぜマーゴットがループしてしまうのか』の原因には気づいていない。
 マーゴットたちが夢の中でカーナに教えるまでは。

 それでもカーナは夢見の世界の中の、マーゴットたちの基準点として安定した存在感を確立した。
 これで後はカーナが自分の身を守りきれれば夢見の術本来の目的は達成できる。



 夢の中でカーナに会えるようになると、神人カーナの恩恵でマーゴットの失われた魔力や能力値が少しずつ回復してきた。
 もちろんまだ夢の中だから、現実に反映するにはその回の夢見の仮想世界を現実世界と統合する必要がある。

 そしてついに、一番危険なカレイド王国から脱出して、カーナと一緒にアケロニア王国へ行くことができた。

 幼い頃から文通を続けていた親友で、理解者のグレイシア王女に初めて会うことができた。この喜びは筆舌に尽くし難い。

 何より聖剣の持ち主、ルシウス少年に会えた。
 彼は格別、力の強いハイヒューマンだ。しかも聖なる魔力持ち。
 聖なる魔力は万能の浄化作用を持つため、ここでようやくマーゴットは祖国で受けた魔の悪影響から抜け出すことができたのだった。

 ルシウス少年の莫大な魔力の恩恵を受けて、少なくともマーゴットは自分のいる場所が夢の中という認識を獲得した。

 あとはカーナ本人にこれらの認識を伝えれば良いのだが、消耗して小型化してしまい目を覚まさない。



◇◇◇



 明け方、パチッと目を覚ましたマーゴットは、まさに夢の中の夢から覚めた。

「夢……そうか、夢だったわ……」

 そうだ、ここはアケロニア王国。自分はカーナと一緒に短期留学に来たのだ。

 抱えるように枕元に置いていたバスケットの中には小さな蛇サイズになってしまった黄金龍のカーナが寝ている。
 マーゴットが眠る前より具合が良くなっているようだ。すぴーすぴーと口元の長い髭を揺らして小さな寝息を立てている。

 まだ記憶が混乱している。
 何が夢で現実だったか、頭の中でごちゃ混ぜになっていた。

 道理で途中から都合よく理路整然としていたかと思えば混沌としたり、よくわからない展開になっていたわけだ。

「ループするたび、記憶は曖昧になってたはずだけど……」

 不思議なくらい頭がスッキリとして、意識が明晰だった。

 まだ薄暗い部屋の中、ベッドから降りて枕元のカーナ入りバスケットを持って寝室から出る。
 客間のテーブルの上には、昨日、リースト伯爵家のルシウス少年から貰ったぶどう酒と飴玉の大瓶がある。
 一日経っても、彼の持つ聖なる魔力のネオンブルーの輝きは衰えていない。

「ルシウス君の魔力で、消耗してた魔力が回復したのね」

 昨日マーゴットが口にしたのは、カーナに飲ませたぶどう酒の残りのほんの一口分と、恐らく固形の魔力ポーションの飴玉一個。
 それでこの劇的な効果とはまさに恐れ入る。

「……まずはシルヴィスが戻ってくるのを待ちましょう」

 清浄な朝陽がカーテンの隙間から部屋に差し込んでくる。
 朝食の前に軽く散歩に行ってみるのも良いかもしれない。

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