《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

本当の現実のこと3

 マーゴットから『本当の現実』の話を粗方聞き終えたカーナは、少し考えた後でその琥珀の瞳でマーゴットをじっと見つめてきた。

「君が、本当に一番最初に夢見の術を行なったのはいつの時点なんだい?」
「バルカスや、前国王夫妻を幽閉した後になるわ」
「国王と王妃も?」
「ええ。外界に出られないよう出入り口を封鎖した離宮の一つに押し込めた。あの二人は王家にとっても国にとっても害にしかならなかったから」

 むしろ、女王に即位してようやく実現が叶った。

 その頃、王家の蔵書の中から夢見の術の秘伝書を発見している。
 中身を読んでみると、上手く使いこなせれば赤ん坊まで戻ってしまったカーナを回復させられるのではないかと考えた。

 夢見の術の使い方について、マーゴットは円環大陸で当代最高の魔術師と呼ばれているフリーダヤを招聘した。
 このとき彼はカレイド王国に縁のある自分の一番弟子、かつての女勇者メルセデスを伴っていた。
 しかし、事情をマーゴットから一通り聞かされた魔術師フリーダヤは、夢見の詳細の解説を拒否した。
 夢見は都合よく現実を改変できるとは限らない、非常にリスクの高い魔法だからというのがその理由だ。
 それに自由を標榜する新世代の魔力使いである彼らは、国家権力に命令されることを嫌う。

 ならばとマーゴットは彼らへの対応を変えた。
 弟子の魔女メルセデスを「協力しないなら魚切り包丁を折る」と脅して強引に協力させた。
 魔術師フリーダヤが彼女をカレイド王国まで連れてきたのは、国王の魚切り包丁が本来庶民の彼女の家の家宝で、取り戻すためだと容易に想像がついていたから。
 そこで魔女メルセデスは仕方なくマーゴットに協力して夢見の術への具体的な指導を行なってくれたというわけだ。



 ここまで話を聞いた時点で、カーナは頭が痛くなってきた。

「何という無茶なことを。それならオレひとりを切り捨てたほうが楽だったろうに」

 今、ハイヒューマンはほとんど全員が、円環大陸の中央にある永遠の国に集まっている。
 現在のハイヒューマンたちの統括は神人カーナが長老として請け負っている。もしカーナがいなくなった後は、二番目に力の強いハイヒューマンが繰り上がってその座に着く。

「……私は自分にできる限りの政治的判断を下したつもりだけど」

 夢見の術自体は、術の発動に必要な魔力をかき集めて何十回と実行している。
 ただし、一定の効果はあったがなかなか思うようにいかなかった。
 夢見で行く世界は時間軸を自由に設定できるのだが、死者を生き返らせることだけはできず、マーゴットの両親も戻らなかった。

 業を煮やしたマーゴットは、最終的に夢見の術の禁じ手である『夢の中で夢を見る』ことを試した。
 結果はこれまでの通りで、複雑な絡まった夢見の世界に囚われて、何回も何回もループしてしまうという事態に陥ってしまった。



「今、夢見の術を解いて現実に戻ったら、どの地点に戻ることになるんだい?」
「私の女王即位から約8年後。王国サミットの開催国の順番がカレイド王国に回ってきた年よ。もう最後だと思って、久し振りに一回だけ術を試みたの」
「……8年後、オレはどうなっている?」

 バルカス王子に害されて瀕死の重傷を負った後、赤ん坊に戻ったカーナは。

「離宮に隠して人目に触れさせないよう育てているわ。すくすく育って良い子よ。でも自分が神人カーナだってなかなか思い出せないみたい」

 ということは、黄金龍や一角獣にも変身できないまま。

「……君は?」

 恐らく、カーナが想像するよりずっと、本来の現実世界でのマーゴットの状況は悪いのではないか。

「メイ王妃が魔憑きだと判明してすぐ幽閉したけど、魔の悪影響は防ぎきれなくて。バルカスや彼の取り巻きたち、王宮の何も知らなかった人々へも汚染が進んでしまって」
「………………」
「結局、魔を祓える術者も見つからなくて、どの聖女や聖者にも救いを拒まれてしまった。けれど私は女王、国を護る義務と責任がある。だから」

 マーゴットは片手で自分のネオングリーンの瞳の目元を覆った。

「私は王都すべてを対象にした魔封じの儀式を行うと決めた。だけど私自身や神殿の術者たちの魔力では足りなかったの」
「魔力を獲得する方法はいくつかあるけど。君の場合は……まさか」
「そう。私は自分のこの両目を代償にして、魔力を得るつもり。夢見は成功すると自分の中が整理されて魔力量が増えるから、それをバネにして始祖と同じこの目を起動させるわ」
「………………」

 侍女たちに用意してもらったサンドイッチをつまみながら話を聞いていたのだが、もはやカーナも食事どころではなかった。

< 84 / 113 >

この作品をシェア

pagetop