《夢見の女王》婚約破棄の無限ループはもう終わり! ~腐れ縁の王太子は平民女に下げ渡してあげます

夢見の答え合わせ、勇者の秘密

「まず、魔を破る破魔の条件というものがある。ひとつは、魔の波動を上回る聖なる魔力で捩じ伏せること」

 ただし、聖なる魔力を持つ術者の中でも、特に魔力量の強いものでなければ魔に負けてしまうことがある。

「聖女や聖者、あるいは剣聖、拳聖、弓聖、書聖、医聖など、聖なる魔力を持つ術者はそれなりにいるが、魔を上回る魔力量の持ち主となるとそうはいない」
「……はい。伝手がある限り聖なる魔力の持ち主に連絡を取りましたが、ほとんど協力を断られてしまいました」
「そうだ。仮に引き受けたとしても、術者の魔力が足りなければ逆に魔に取り込まれる危険がある」

 魔力量の多い聖なる魔力持ちといえば、マーゴットにはすぐ思い出す人物がいた。
 そう、アケロニア王国に来てから迷惑をかけてしまっている、リースト伯爵家のルシウス少年だ。

 だがルシウスの名前を出すと、ヴァシレウス大王は甘いチョコレートを摘まんでいるのに、ちょっと渋い顔になった。

「あの子は聖剣持ちで、未来において聖者に覚醒する。力も比類なきほど強い。だが……8年後の時点でまだ16歳の学生な上に、己の使命を次期伯爵となる兄の補佐と定めてしまって、家族や一族以外の他者への興味が薄い」
「え、聖者……なのにですか?」
「ああ。しかも聖剣の持ち主であることは知られているが、聖者となったことは家族や王家の私たち以外には隠して、一貴族として生きている」

 あの麗しの人懐っこいルシウス少年のことだから、てっきり聖者として人助けや奉仕の人生を歩むと思ったら全然違かった。
 大好きなお兄ちゃんを支える弟の道を選んだというわけか。

「まだ先のことはわからぬが、少なくとも8年後の現実世界でルシウスは聖者の修行を一切しておらぬ。あの子を魔にぶつけてどうなるかを見てみたくはあるが、逆に魔に取り込まれる可能性も僅かにある。さすがにその危険は犯せない」
「その通りですわ、陛下。理解しました」

 思えば本来の現実世界でもマーゴットはアケロニア王国に留学していたが、ルシウス少年には兄カイルと揃ってグレイシア王女に紹介されたぐらいだった。
 彼らの父親メガエリス伯爵も含め、ここまで関わった記憶はない。

(夢見を解いて現実に戻った後、ルシウス君たちとの良い関係が反映されると良いのだけど)



「破魔の条件、ふたつめ。こちらが本題だ。対象とする魔に立ち向かう覚悟を決めること。つまり公女が私に会いに来れたということは、君が自分の中で、その覚悟を既に決めた証拠になる」
「……はい」

 今朝、カーナに言いかけた『この後どうするか』がまさにそれだ。
 カレイド王国から離れて、ルシウス少年の恩恵で魔力も気力も回復した。マーゴットは次期女王としての自分の責務から逃げるつもりはない。

 マーゴットが思い出した現実には、王妃の魔のこともあるのだ。
 あの魔は、カレイド王国の建国前から王国の土地に封じられていたものだった。
 建国の始祖、弓聖だったハイエルフが封印したもので、ダイアン国王とメイ王妃の婚姻から数年後に事故があって破壊され、王妃が被害を受けた。
 本来なら国王が処断すべきものを、彼は王妃を愛していたから冷酷な判断を下せなかった。

 その尻拭い役がマーゴットまで回ってきたわけだが、建国以前からの厄災だというなら、それは女王となるマーゴットの管轄でいい。
 これまでは、どうして自分の人生にこうも厄ネタや不幸が多いのだと悲観することも多かったが、逆に祖先から代々受け継いできた因縁ならばと覚悟が決まったのだ。

 覚悟を決めるきっかけは、やはりルシウス少年から貰ったぶどう酒や飴玉経由での大量の魔力だった。
 自分に魔力が充実していると連動して気力も体力も湧いてくるし、案外何とかなりそうだと気が少し楽になってきている。

(私本人の能力とか努力とはまったく無関係。魔力が充実してるってそれだけで人生の重みが減るわね)



「陛下が仰っていることは、アケロニア王国の現王家の秘伝なのですか」
「そうだ、前王家の魔と戦う過程で当時の協力者たちの意見などもまとめた教訓が残っている。似たようなものは、歴史のある王国ならどこも伝えてきているはずだ。もちろんカレイド王国も」
「我が国は建国期を知る守護者カーナがおりましたので、王家の伝承はさほどありませんでした」
「必要なとき、カーナ殿が王家に情報を伝える仕組みだったのだろうな」

 しかし、そのカーナが現実世界ではバルカスに害され、一命を取り留めた後は子供になってしまって、本人に神人の守護者カーナの自覚が戻っていない。

「魔の対処の正解は真摯に向き合うこと、これに尽きる。それが真っ向から立ち向かうか、許容していくかは人次第だが」

 この正解を得たり、正解の流れに乗れたりしたら、夢見の世界で自動的にアケロニア王国のヴァシレウスの元に来る設定で夢見を行なっていた。

 マーゴットは辿り着いた。
 バルカスは愛人の平民女性ポルテと共に夢見に挑んでいたが、まだ一度もヴァシレウス大王に辿り着いていないそうだ。



 それからヴァシレウス大王は魔そのものについて語っていった。マーゴットは一言一句漏らさぬ心構えで彼の低く落ち着いた声に耳を傾けた。

「ただし、立ち向かう覚悟を決めても被害は甚大だ。だからこそ歴史的に封印する道を選ぶ術者が大半で、破魔や退魔の術士の出現は稀ゆえに、大抵は技術として祓いを扱うに留まる」
「カレイド王国は伝統的に弓祓いの術士を育てています。アケロニア王国は国王陛下や王女殿下に見せてもらいましたが、武術による型で祓い清めを行っているのですね」
「そう。身近に魔が入り込んでさえいなければ、日々の祓い清めで事足りる」

 そして、と前置きして本当の秘伝を教えてくれた。

「真に覚悟を決めて魔すら許容すると、対峙した者は勇者に覚醒する」

 ヴァシレウス大王が告げた言葉に、マーゴットはネオングリーンの目を瞠って、彼の黒い眼を見つめ返した。

「勇者。そう、そうでしたか……だから」

 マーゴットたちカレイド王族の血を引く者たちは中興の祖の女勇者メルセデスの血や因子を受け継いでいる。

 血筋チェッカーで血筋順位の数字を付けて、親戚集団の雑草会を結成したのも、女勇者の子孫の散逸を防ぐためだ。
 勇者を祖先に持つ王族だからこそ、再び勇者に覚醒しやすいと考えたのだろう。

「カレイド王族は再び勇者を生み出すよう設計されてきた一族なのではないかな。違うかな? カーナ殿」

 え、と思って振り向くと、ばつの悪そうなカーナが庭園側からテラスに入って来るところだった。
 隣にはグレイシア王女もいる。そろそろ話の終わりと思ってマーゴットを迎えに来たところで話を聞いてしまったというところか。

「その通りだ。ハイヒューマンで神人のオレが介入すれば話は早いが、魔を生み出したのは人間だ。助けを求められれば助言や多少の手助けはするが、解決の努力は人間がやるべきなんだ」

< 91 / 113 >

この作品をシェア

pagetop