赤金の回廊 ~御曹司に恋した庶民令嬢は愛に惑う~
「その本、借りるの?」
 ふいに声をかけられて、優木千枝華(ゆうきちえか)は心臓が止まりそうになった。
 振り返ると男子生徒が立っていた。真面目そうな黒髪に黒縁眼鏡が印象的だった。
 司書の先生は準備室にいて、放課後の図書室は千枝華と彼だけだ。
「驚かせてごめん」
「大丈夫です」
 驚きで心臓がばくばくしていた。
 好きな作家の新刊が新着コーナーに並んでいたので、それを手にとったところだった。
「その作家、好き?」
「好きです。本格ファンタジーで、はらはらする展開も最後のどんでん返しもおもしろくて」
「だよね!」
 彼は破顔した。
 千枝華の胸がまたどきんと鳴った。
 秋の暮れかけた日に照らされて、彼の笑顔が輝いて見えた。

 ***

「どうした?」
 声をかけられて、千枝華は我に返った。
 遠退いていたざわめきが耳に戻る。シャンデリアが光を乱反射させてきらめき、着飾った人たちがホテルの大広間にあふれて談笑していた。
 都内にあるホテル、紅楓山荘(こうふうさんそう)の宴会場だった。ここはいつも通りの豪華さで客を迎え、いつも通りの丁寧さでもてなしてくれる。窓の外には見事な紅葉が広がっていた。
「出会ったときのことを思いだしてたの」
「ああ、図書室の。懐かしいね」
 彼は優しく微笑んだ。遠くを見るようなその目に、同じ思い出を見ているのだとうれしくなる。
 あのとき18歳だった五百里将周(いおりまさちか)は25歳になり、16歳だった千枝華は23歳になった。
 今は婚約者として彼の父親の会社の創業記念パーティーに出席している。
「初めて一緒に出掛けたのも秋だったな」
「そうね……バイクに乗ったのは初めてだったけど、寒かったわ」
 千枝華が答えると、将周はまた笑った。
「おい、ちょっといいか」
 将周の父が彼を呼ぶ。
「ごめん、行って来る」
 千枝華に軽く手を上げて、将周は父の元へ行く。
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