幼なじみがフラグ回収に来ました

6章

 朝。
 昨日のケンカのことをまだ引きずっていて、私はライマくんと顔を合わせるのが怖かった。
 できたらなるべく顔を合わせずに学校へ行こう。
 リビングではもうライマくんが朝食の準備をしてくれている様子だった。部屋から出ると程よく焼けたトーストと卵の美味しそうな匂いがする。
 大手を振って朝ごはんを食べたいけれど、ライマくんが席についている。彼の目の前に出て行く勇気は、今の私にはなかった。
 仕方がなく顔を洗い部屋に戻って着替えや学校へ行く準備をする。廊下からライマくんが自室へ戻る音がした隙に、リビングへ行って朝食を取って部屋へ戻った。慌てて朝食を済ませ、ライマくんが家を出る前に走って学校へ向かう。
 きっと私の行動全てお見通しなのかもしれないけれど、今はまだ素直に謝る気持ちになれなかった。
 ただ言い過ぎてごめんねと言えば済むだけの話なのはわかっている。こういうことは早く済ませた方がいいこともわかっている。
 けれど何を恐れているのか、心の準備ができていないのか、ただライマくんと距離を置きたいと思ってしまったのだ。
 一緒に住んでいる限り、顔を合わせないのは難しい。仲直りしたくないわけではない。今までの共同生活が楽しかったから、できればもう少しこの共同生活を続けたい――まだ一人暮らしの心の準備ができていないということなのだけれど。家を出て行ってとも言いにくいし。
 慌てて学校へ来てしまったからコンビニに寄ってお昼ご飯を買い忘れてしまった。けれど学校へついてしまえば、ライマくんは私との約束を守ろうとしてあまり話しかけてこないだろう。
 お昼ご飯は購買でパンでも買おう。
 案の定、ライマくんは私に話しかけてこなかった。チャイムギリギリに登校してきて、静かにしている。
 ほっとしたような、怖いような、変な感じだ。泳がされているのかもしれない……。でも私たち彼氏彼女の関係じゃないんだから束縛される事の方がおかしいんだもんね?
 私間違ってないよね??
 友だちくらい、私の自由にしていいはずだよね???
 見られている視線は感じるけれど、今はそっとしておいてオーラを出し(出ているといいんだけど)て乗り切った。
 お昼休みに購買へ向かっていると、ライマくんが急に目の前に現れてお弁当の包みをさっと渡してくれた。
「これりおちゃんの分」
 驚いた私は返事ができずに口をパクパクさせてしまう。
 そんな私を見てライマくんは踵を返して去っていった。表情は怒っているようにも困っているようにも見えたけれど、何も言わないと言うことは自分も悪かったなと思っているのかもしれない。
 私もなんだか頑なになってしまう。
 お弁当箱の蓋を開けると、いつも私が作っているようなおかずが詰め込まれていた。ライマくんが作ってくれたのだと思うと、嬉しくなる。お弁当のことまで考える余裕のなかった私とは大違いだ。
 卵焼きを食べると美味しくてちょっと切なくなった。
「リオなんかあったの? 五十嵐くんと喧嘩でもした?」
 マユちゃんが心配そうに私を覗き込む。
 なんと鋭い。
「実は……」
 かくかくしかじかで、と言い争いの内容を話してしまう。
「あれだけ初日に牽制してたから、付き合ったら束縛激しいタイプそうだったけどやっぱりかぁ〜。いやぁ、愛されてますなぁ!」
 マユちゃんは誰の真似だろうという口調になった。
「なんだか私も頑なになっちゃって」
「でも友だちを決めつけられるのは嫌だよねぇ」
 推しカプの喧嘩悩ましいわぁ、とマユちゃんは腕組みをした。
「二人には幸せでいて欲しいけど、やっぱり喧嘩はしないとさらに仲が深まらないということなのかしら〜。でもリオも早く仲直りした方がいいって思ってるんでしょ? よく話し合ってみたら?」
 マユちゃんはせっかく親身になってくれたのに、ライマくんと話し合ってもどうせ平行線になるだろうなと考えたらムッとしてしまった。
 そんな気持ちを抱えながら、それでも強く言ってしまったことを謝らなければと思えるくらいになった。同じ教室にいてもなんだか変な気持ちだし、ライマくんの視線が痛かった。気のせいではないと思う。授業中ずっと背中がチクチクしていた。
 家に帰ったらライマくんとちゃんと話そう。
 そう決意したのに、なんだか帰りづらい。
 ちょっと校庭の隅で、運動部の様子を見ているふりをして座り込む。
 スーパーに寄って野菜を買い足さないといけないし、明日のお弁当のおかずも買わないと。
 そう考えるばかりで足は動かない。
「おっリオ〜。めずらし、何してんの」
 後ろからタケダ君がやってきた。テニス部のユニフォームを着て、手にはラケットを持っている。
「タケダ君。ちょっとたそがれてる。テニス部は練習の時もユニフォームなんだね」
 タケダ君は私の隣に座り込む。
「たそがれてるって」
 私の返事に笑いながら、やっぱリオおもしれーと言うタケダ君。
「これ中学ん時のユニフォーム。名前も入ってないし練習着にしてんだよね」
「そうなんだ」
 どうしよう会話が続かない、友だちなのに。
 次の話題を探していると、タケダ君が突然肩に手を置いた。私は突然のことに驚き肩をこわばらせる。
 なんだか、違和感。
「リオってあの転校生とほんとに付き合ってないの?」
「うん、付き合ってないよ」
 それにしても、友だちとの触れ合いってみんなするものなの? 心春やマユちゃんとすらしないのに。
 タケダ君は私の肩に置いた手を今度は腰へと回した。
 ぞわり、と背中が凍る。全身鳥肌が立ち、これは不快な気持ちだと気がつく。
 でも友だちだし、嫌なんて言ったら傷つけちゃうかな……。
「じゃぁさ、俺と付き合おーよ」
 そう言ったタケダ君が距離を詰めてきて、身体が密着しそうになって。
 私はもうその不快感と恐怖に耐えられなかった。
「ちょっと離れて……」
 出た声が小さすぎて自分でもびっくりした。
 タケダ君を避けるように身体を拗らせる。
 その時「ねぇ」と背中から低い声が聞こえた。
 聞き覚えのある声に振り返ると。
 ライマくんが私たちを見下ろしている。
 瞳が揺らいでいる。
 これは他の人に見られたら大変なことになる。
 私は慌ててタケダ君から離れた。ライマくんのおかげで身体が動いたようなものだ。
 ライマくんはタケダくんの宙ぶらりんの手を掴んだ。
「何してるの」
「いや、あの」
 タケダ君もライマくんの冷たい目に射抜かれてしまった様子だ。
 その時もう少し後ろからマユちゃんの怖い声が聞こえた。
「ちょっとタケダァ!! 何やってンのよぉ!!!」
 ダダダダダと走ってくるマユちゃんの形相が怖くて、私もびっくりしたけれどタケダ君はもっとびっくりしたらしく、「わりぃ」と言って走り去った。
 ライマくんもびっくりした顔をしてタケダ君を追いかけるマユちゃんを見送っていた。
「ふたりとも、ごめんねぇー!」
 マユちゃんが大きい声でそう言いながらタケダ君を追いかけて走り去る。
 残された私たちは、気まずい空気だ。
 ライマくんの顔を見れない私は、それでも助けてくれたお礼を言った。
「あの、ありがとう」
 ライマくんはまた怒ってるみたいだった。
「だから気を許しすぎだって言ったでしょ」
「ご、ごめん」
「いいから帰ろう」
 ライマくんは私の手を引いて歩いていく。
 私はとぼとぼと引っ張られるまま歩いて着いていく。
 なんだかうやむやになってしまったけれど、ライマくんのとケンカは仲直りできたと思ってもいいのかな。
 スーパーで買い物をし、帰宅する。玄関に入ってカバンを置いた途端にライマ君が私の肩におでこを乗せた。
「ねぇりおちゃん。さっきのあの男、こことここ触ってたよね?」
 ライマくんはタケダくんが手を置いた肩と腰に順番に触れた。
「もう絶対他のヤツにどこも触らせないで。りおちゃんの髪の毛一本もすべてぼくのものだから」
「でも美容室に行くよ」
「そういう事じゃないよ」
 ライマくんはそう言って私を抱きしめた。
 もうそろそろ、ライマくんのこういうスキンシップに慣れないといけないのだろうに、私は全然慣れない。
 ドキドキしながら固まってしまう。
「りおちゃんはあいつに触られてどう思った?」
 さっきのことを思い出すとまた鳥肌が立ちそうになる。
 タケダ君に抱きしめられそうになってびっくりした。ハグってそんなに誰にでもするものじゃない、というのが私の認識なのだ。とはいえ、ライマくんのおかげでその認識もおかしくなりつつあるのだけれど。
 けれどタケダ君に触れられた時は嫌だと思ってしまったのだ。そんなことを言ったらタケダ君を傷つけてしまうだろうから言えない。
 なかなか答えない私に、ライマくんは「イヤだった?」と聞いた。私はこくんと頷く。
「じゃぁぼくは?」
 ライマくんは私の背中を優しく撫でる。
 ライマくんに触られるのは、凄くドキドキするんだよ。ドキドキするけど、ずっとそうしていてほしいって思っている自分もいる。なんでだろう。
 汗ばんできてしまった私は慌ててライマくんを引き剥がしにかかる。そんな私にライマくんは「イヤ?」と聞く。
「イヤじゃないから困ってるんだよっ」
 私の慌てた返答に、ライマくんは少し離れて満足げにニンマリと笑った。
 絶対、顔が赤くなってる。
「それってぼくのこと好きってことでしょう。さっきみたいに嫌な思いするくらいならぼくと付き合った方がいいと思うよ」
 さっきみたいな、なんて、滅多にしない体験だし初めての経験だからライマくんの理屈がわからないけれど。でもできればもうあんな経験はしたくないと思う。
「お試しでもいいから」
 ライマ君は突拍子もないことを言い始めた。
「お試しって」
「結婚生活のお試しもしてるんだし、お付き合いのお試しもすればいいよ」
 戸惑う私に畳み掛けるライマくん。
「でもそんなの、お試しなんて誠実じゃないよ」
 どう断ったらいいのかわからず咄嗟に出た言葉に、ライマくんはムッとして眉を顰めた。
「ぼく、りおちゃんにそうやって断られると結構傷ついてるんだよ。結婚の約束をしているのに」
 そんな風に言われるとは思っていなかった。
 いつも飄々としていて、傷ついているそぶりなんてひとつもなかったのに。
 友だちを傷つけないようにとばかり考えていたけれど、私はライマくんを傷つけていたのかと自分の行動を反省する。
「傷つけるつもりはなかったの。ごめんね」
 そう素直に謝れば、ライマくんは硬い表情のまま、さっと顔を近づけてきた。
 ドキッとしたところで、ライマくんが私の首筋を指の背で撫ぜる。それが顎、頬へと上がってきて、心拍数が上がる。いつも触れないところに触れられて、先ほどの背中よりもドキドキしてしまう。
 ライマくんの瞳から目を逸らすと、瞼にキスを落とされる。
「や、やめっ」
 恥ずかしいしやめて、と言いたかったのにうまく言葉が出ずに変な声が出てしまった。
「じゃぁ、お付き合いしてもいいよね」
 ライマくんの指は私の頬から耳へと移動し、やわやわと耳たぶを弄ぶ。
 私は羞恥で息ができず、この場から逃げ出したくなる。
 とにかくこの状況から抜け出したくて、こくこくとうなづくとライマくんにぎゅうーっと抱きしめられてしまった。
「ありがとりおちゃん。めちゃくちゃ嬉しい」
「はっ離して……」
 弱々しく抵抗してみせると、ライマくんはパッと離してくれた。やっと息ができた。
 そんな私を見て、ライマくんは一番いい笑顔で「やっとぼくのものだ」と言ったのだった。

 
 
< 6 / 7 >

この作品をシェア

pagetop