ネットの彼氏は財閥御曹司だった
 父方の祖父が死んだ。会社の社長だった祖父は、取引先の会社へいつも通り送迎車で向かう途中、首都高速で事故にあった。検視の結果ほぼ即死の状態だったそうだ。
 私に父はいない。父は私が生まれて程なくして病気で亡くなっているからだ。その為私・斎藤奈津佳は母親と父方の祖父母の元で生まれ育ったのだった。

「はあ、もう疲れた」

 葬儀会社と通夜及び告別式の打ち合わせが終わったのが深夜の事。私は用意された部屋でむくんだ足を伸ばす。大学2年の私にとっては中々ハードなスケジュールに思えてしまう。
 祖父の突然の死に対し、私は祖父を失った悲しみよりも今後の生活への不安が正直勝っていた。祖母も母親も私も会社経営なんてど素人だし全く分からない。跡取りとして期待されていた父親も既にいない。

「これから、どうすればいいのか……」

 と、胸の中で呟いたのだった。
 そして夜明け。私はスマホを取り出して、ある相手へと連絡を送る。

「ナナくんと会えなくなっちゃったな……」

 ナナとは、ネットで知り合った「彼氏」で、いつも優しくて相談に乗ってくれる数少ない人物なのだった。勉強を教えてくれた事もあった。
 実は明日初めてリアルの世界で会う約束をしていたのだが、通夜により不可能となった為彼へと連絡を送ったのである。
 返信はすぐに届いた。

「こっちも葬式でいけなくなっちゃったから、大丈夫」

 偶然にも向こうも葬式が出来たようだ。その偶然に私は少し驚きながらも、また今度と打ってスマホを閉じたのだった。
 通夜。会場には多くの関係者が訪れた。私は受付係として彼らを慣れない手つきで何とか出迎える。
 するといきなり会場が通夜にもかかわらず、女性達の声でわあっと湧いた。

「黎人くんかっこいいわあ……」
「すごいイケメン……」

 注目を集めている彼の名前は国野黎人。所謂財閥御曹司ってやつだ。彼の財閥は祖父の経営していた会社の取引先でもあった。背が高くさらさらの黒髪に端正な顔立ちで、見るからにイケメンの顔をしている。
 黎人は受付の私へ御香典の封筒を渡し、声をかけて来た。

「この度はご愁傷様です」
「……いえ……」

 とはいっても黎人とはこれまで一言二言しか交わした事が無いので、どう返事をして良いか分からない。
 
「斎藤さん、通夜が終わった後、話したい事があるのでお時間良いですか?」

 突如そう言われて、私は思わずえっ。としか声が出なかった。その後母親と祖母も呼ばれて国野家との会談が正式に決定したのだった。
 私は一気に不安に駆られる。

(うちら何かやらかしたか……?)

 通夜が終わり、国野家によって用意された会談の場に喪服姿のままの私達一家は席に座る。同じく喪服姿の国野家はもう既に、座っている状態だ。
 ここで私の祖母が、おどおどしく口を開いた。

「話とは……?」

 その声に対し、黎人の父親がそうですね。と告げる。

「単刀直入に言うと、奈津佳さんをうちの黎人と結婚させて頂きたいと思います」

 私が黎人と結婚する?!いきなり何を言っているんだ……

「そちらのおじいさまが生前、何かあればうちに経営をお願いしたいと言っておりまして。そして奈津佳さんと黎人との婚約も了承しています。証拠として書類もあります」
「黎人の母です。そちらの社名はちゃんと残させて頂きますのでご安心を」

 祖父よ。いつの間に……。しかし私はまだ大学2年だし、もし結婚したとしても、会社はどうなるのか。頭の中がこんがらがっている状態だ。

「では、よろしくお願いします」
「お、おばあちゃん?!」

 祖母も母親も秒でその申し出を受託した。そりゃあ経営ど素人な2人からすれば、私が嫁入りする事で、会社経営に携わらなくとも生活に困らなくてよいという点ではありなのかもしれないが……。

「で、でも私まだ大学生ですけど?!」
「奈津佳さん学生結婚はよくありますし、大丈夫ですよ。私も学生の時に妻と結婚したので」
「えっでっでも……」

 ここで黎人が私に近づき、両手を取った。彼の温かい体温がじんわりと伝わって来る。

「奈津佳さんこの通りです。お願いします」

 黎人の視線を受け止めてしまえば、もう断れない。

「こちらこそ……よろしくお願いします」

 こうして私は結婚する事になった。告別式が終わって手続きやら片付けやらが終わってから、再度黎人と会う事になった。だが私の胸の内ではどうしてもナナくんの事が気がかりになってしまっている。

(元をたどればネットでのやり取りだけだし、そんなもんかもしれないけど……)

 ネットはネット、リアルはリアル。私はそう考えながら、ナナくんへ別れようとメッセージで告げたのだった。

「返信はやっ」

 やはり返信は早かった。メッセージを開くと、このような文言が書かれてある。

「私も結婚する事になったので、別れようという所でした。今までありがとうございました」

 またも偶然と言うべきか、理由が一致したのだった。別れ話でこんがらがらなくて良かった反面寂しさはそのまま残ってしま
 そして黎人と会う日がやって来た。彼が予約してくれた料亭前で待ち合わせをしていると、スーツ姿の黎人がやって来た。

「おまたせしました」
「いえいえ」
「では、中に入りましょう」

 仲居さんに案内されて入った先は、個室。汚れ1つない畳に漆塗りの机が目立つ。

「メニューは何になさいますか?」

 と、仲居さんに問われたので私は鶏釜飯の懐石料理に決めた。黎人もまた、私と同じものを注文するのだった。
 仲居さんが退席すると、黎人はスマホを持って話しかけてくる。

「実はナナは、自分の事なんです。ナツカさんですよね?」
「え」
「この猫のアイコン、奈津佳さんのおじい様が生前見せてくれた写真と一緒だったので……」

 祖父がまさか、恋のキューピットだったというのか。
 勿論嘘をつく理由も無いので、私は肯定する。

「ふふっ……別れないですみました」

 黎人は安心したかのように、笑っている。こんなにリラックスした表情の彼を見るのは初めてだ。
 それに、私もナナくんと別れないで済む。胸の中に出来たつっかえが、一気に解けていくような気がした。

「私も、ナナくんと別れないで済みました」
「これで後腐れなく、ですね」
「はい、あの……これからどう呼んだらいいですかね?」
「ああ……ナツカさんとナナくんにします?」

 黎人……ナナくんからの問いかけに、私は勿論はい。と答えたのだった。


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