絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません

 ドラマや映画、舞台での演技だけではなく、ナレーションや声優業もこなし、CMにも出演多数。なによりもう十五年以上桜城建設の広告塔を務める、桜城建設グループを陰どころか表で支えてくれている人物なのだ。

 そんな相手を知らないはずがないのに、雪浩は絢子の顔を覗き込んでにこにこと笑うばかり。確かに芸能人やスポーツ選手といった著名人特有の強いオーラを放っているのに、それを感じさせないほど笑顔が朗らかで優しげではあるけれど。

「僕ね、むかし君のお母さん――三浦(みうら)香純さんと結婚するつもりで、真剣にお付き合いしていたんだ」
「!?」

 そんな雪浩が笑顔で告げた説明に、驚きのあまりまた言葉を失ってしまう。目を見開いてつい雪浩の顔を凝視してしまう。

「僕が所属してる劇団の稽古場の近くに、親子二人で営んでた『菓子処みうら』っていう小さな和菓子屋さんがあってね。香純ちゃんはそこの看板娘で、稽古のときに『みうら』に通ううちに僕たちは惹かれ合った。香純ちゃんのお父さんにも結婚の意思を伝えて、僕の事務所も結婚を正式に公表するつもりで準備していたんだ」

 ぽつりぽつりと話してくれる雪浩の言葉一つ一つに、じっと聞き入る。昔を懐かしむような表情に魅入られる。絢子が知らない物語を、少しずつ紐解いてくれるような不思議な感覚に満たされていく。

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