異世界に転生したら溺愛ロマンスが待っていました! 黒髪&黒目というだけで? 皇太子も獣人もみんなこの世界"好き"のハードル低すぎませんか? ~これサダシリーズ2【これぞ温泉旅行】~
第一話 ただ、寝不足気味なだけなので……。
「サダメ様、今朝も顔色が優れませんわね……」
確かに、このところリューデルの世話やなんやらで、寝不足気味……。
貴族の子育ては基本的に乳母任せ。
それがどうしても肌に合わないわたしは、周りの協力と理解を得ながら、できるだけ自分で面倒を見ている。
でも、実際子育てっ大変なのね……。
ふわ……っ。
またあくびが……。
カリナさんが手と手を合わせて明るい声。
「リューデル様のお世話はひと休みして、少し羽を伸ばしてみては?」
「ですけど、自分で世話をするって決めたし……」
「子育ては一朝一夕では済みませんよ。最初から張り詰めていては、心も体もくじけてしまいますわ」
「侍女長のいう通りですよ、サダメ様。タムカラマン大陸南西部にある火山のふもとには温泉が湧き出ているところがあるんです。
行ってませんか?」
アデル様がわたしの隣で、とっても魅力的な提案……。
温泉がこの世界にもあるなんて……!
行ってみたい!
……でも、新米ママの分際で、遠出なんて……。
私の迷いを読み取ったように、カリナさんがわたしのからリューデルを取り上げた。
「わたくしから言わせれば、サダメ様ほど子どもを四六時中抱いている貴族の母親はいませんわ。
肩も腰もお疲れなのは目に見えて分かります。
リューデル様は乳母や側近たちに任せて、どうか骨を休めてくださいませ」
「う……」
「サダメ様、温泉地はさほど遠い場所ではございません。
私もサダメ様が無理をなさっているのではと、心配なのです。
一か月、いえ、二週間だけでも、ふたりでゆっくりしませんか……?
どうしてもリューデルが気になるというのなら、馬を飛ばせば二日もかからず戻ってこられます」
アデル様……。
そんなに気を使ってくれていたなんて……。
……うん、そうだよね……。
初めての子育てだから、少し気持ちが張り詰めていたのは確かかも……。
今だってそうだけど、これからだって、みんなの支えがあるんだから、頼りにできることやできるときには頼るようにしよう。
カリナさんのいうように、子育ては続くんだもんね……。
「わかりました……。じゃあ、少しだけ、羽を伸ばさせていただきます」
アデル様が、ほっとしたように微笑む。
そうと決まったら……。
温泉かぁ……!
うーん、楽しみになって来たぁ……!
ガタガタ、ゴト、ゴト……。
揺れる馬車の中。
「大丈夫ですか、サダメ様?」
「急に道が悪くなりましたね……。温泉はまだ先なんですか?」
「国境沿いは整っていない道が多いので……。もうしばらくのご辛抱です。
お辛いようでしたら、私に体を預けて下さってもかまいませんよ」
「少しそうしてもいいですか?」
見上げると、アデル様がにこりとほほ笑んだ。
正直もうお尻が痛くて……。
そっと体を預けると、温かい手と胸がわたしを包む。
はあ、楽になった……。
ほっとする……。
「どうしてもお辛かったら、私の膝の上へどうぞ」
「えっ?」
珍しくアデル様が冗談。
思わずびっくりして上を見たら、またまたにっこり……。
あれ、本気の顔……?
「ま、まさかさすがにそこまでは」
「いいえ、サダメ様をこの手に抱いていられるのなら、私は少しも苦ではありませんよ」
「そんなことさせられるわけないじゃないですか」
「ひょっとして、照れていらっしゃいますか?」
「え?」
「閨の中では大好きでしょう?」
――えっ!?
急に、なに、えっ!?
アデル様急に色っぽい流し目と甘い声。
思わず体を起こしそうになると、ぎゅっと抱きしめられた。
――ひえっ!?
熱っぽい瞳がわたしを離さない。
「今夜は嫌といっても私の上から離しませんよ」
「ア、アデル様……」
ちょ、ちょっと待って……?
休養に温泉に来たんじゃないの?
っていうか、もしかして、アデル様、初めからそのつもりで……?
た、確かに、リューデルが生まれてから、わたしは子育てに疲れちゃって、あんまりちゃんと相手してあげられなかったけど……。
ぎゅうっとアデル様がわたしを強く抱きしめ、髪に長いキスをする。
「昨晩、終わった後にものの数秒も待たずに寝入られてしまったので、私は寂しかったのですよ……」
そ……、それは……。
た、確かにわたしも、疲れていて……。
……そ、そうだよね……。
夫婦として、それは良くないよね……。
そっか……。
わたし、リューデルのことに一生懸命になりすぎて、アデル様の気持ちわかってあげられてなかったんだ……。
ごめんね、アデル様……。
「……わかりました……。アデル様、さみしい思いをさせてしまってごめんなさい。
この旅行は、ふたりのためにいい時間にしましょうね」
「サダメ様……!」
アデル様の声がパッと明るくなった。
顔を上げた瞬間、はむっ……!
ん……。
アデル様の熱烈なキス……。
胸が一気に高鳴る……。
どうしよう、こんな気持ち……。
この、熱……。
確かにしばらくぶりかも……。
今日は……。
この熱に溺れたい。
「さあ、着きましたよ」
「わあ……」
目の前には石造りの辺境の屋敷。
でも、蔦草が絡まっていて、雰囲気がある……!
今回の旅は本当に少人数。
カリナさんは絶対についていくと言い張っていたけど、アデル様がどうしてもふたりでゆっくり過ごしたいからと、とっても簡素。
とはいえ、お屋敷の中は王宮暮らしとほとんど変わらないくらいに整えられている。
アデル様がいろいろと下準備をしてくれていたみたい。
従者たちが荷物を下し、準備を整える間、アデル様が屋敷の周りを案内してくれた。
庭は低い柵の囲いでおおわれていて、周りの自然と溶け込むような設えになっている。
素敵なフォレストガーデン……。
まるでおとぎ話の森みたい。
さっと指を指して、アデル様が振り向く。
「なかなか風光明美でしょう? 温泉はあちらに引いて湯殿が作ってあります」
その方向を見たとき、わたしの目には、ぱっと白いものが映った。
「あっ……、アナベル!?」
囲いの外に真っ白の手毬状の花が咲いている。
わたしの生まれたときお父さんが庭に植えてくれたアナベルに似てる!
フェイデル国ではまだ手毬状のアジサイは育種できていない。
だけど、野生種にはあったんだ!
「アデル様! この囲いはどこから出られるのですか?」
「あちらからですが……。あれが、サダメ様のアナベルなのですか?」
「少し小さいけど、そっくりなんです」
「待ってください。あちら側の先は、落日獣(らくじつじゅう)たちの縄張りが近いのです。
あまり近寄ってはいけません」
「でも……」
「明日の明るいうちに行って採ってきてあげますよ」
「あ……、うん……。わかりました……。
でも、木は切らないでください。折角目の前にあるんですから」
「では明日一緒に見に行きましょう」
屋敷に戻りながら、わたしはなんども振り返る。
アナベルがこの世界にあったなんて……!
うれしすぎる!
明日間近で見るのが楽しみ!
温泉に来なければ、きっとずっと知らずに過ごしてしまったかもしれない。
アナベルに会えた、これだけでも、ここへ来てよかった……!
その後は、ゆったりとしたドレスに着替えて、ふたりで気ままに過ごした。
王宮を離れたからこその解放感……。
夕食もかしこまったものではなくて、簡単な煮込みやパン。ワインとチーズ。
それだけで全然よかった。
そして温泉も……。
……っていうか、最終的に、わたしはのぼせちゃってあんまりよく覚えてないんだけれど……。
とにかく、わたしもアデル様も、心も体も満足して……。
その夜は手に手をつないで、ぐっすりと眠った……。
こんなに満たされた夜、本当に久しぶり……。
***