二人の歩幅が揃うまで
「ってそうか、これも馴れ馴れしいですね!すみません!」

 少し赤みがさした頬に、耳まで真っ赤になった姿に思わず綾乃は吹き出した。

「いえいえ。じゃあお互いに下の名前で呼ぶってことで大丈夫ですか?」
「は、はい!」
「わかりました。じゃあ健人くん、今日は美味しい試作品、ありがとうございました。新しいものができて試食が必要だったら教えてください。できればまた食べたいです。」
「また食べてもらえると嬉しいです。」

 深々と下げられた頭。自分も大学1年生の頃はこんな風だっただろうかとそんなことを思う。綾乃も頭を下げて、店を後にした。
 休日に活動的に動くことはやはり大事だ。頭ではわかっているが、実際に動いてみて得た経験のほうが、いわゆる実感を伴った理解というもののように思える。

「咲州さんに、健人くん。」

 たった2回の来店で名前を知ることになるとは思わなかった。それに試食も嬉しい誤算だった。

(…あれは美味しかった…。)

 メニューに入ったら絶対に食べようと心に決める。空を仰ぐと、少しだけ温まった空気がすぅっと胸を満たした。

* * *

「試食してもらえてよかったね。」
「…結構強引だったのに…。食べてもらえてよかったけど。」

 閉店作業をしながら話すのは、綾乃のことだった。

「話してみると本当に面白い方だよね、湯本さんって。」

(…面白いというか…可愛いひとだったけどな。)

 そんなことを叔父に言うのはさすがにはばかられて、健人は慎重に言葉を選んだ。

「すごく、表情が…変わってた。」
「美味しいっていうのがよく伝わってくる、可愛い人だね。」

 そう思ったのに、『うん』と頷くのは恥ずかしくて、健人はうまく相槌をうてなかった。
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