幼馴染二人の遠回りの恋



『棗』


『ん』


『起きて』


『・・・っ』


勢いよく身体を起こすと頭に鈍い痛みが走った

それに顔を顰めてみたものの
視界不良で目蓋を持ち上げる


『ブッ』


『笑わないで』


『ヒデー顔』


『自覚があるわ』


『朝ごはん作ったから顔洗ってきて』


『・・・うんっ』


声をかけられて気がついたけれど
どうやら私は風馬のベッドを占領していたようで


何故か着ていた服は壁にかかっていて私は風馬のロンTを着ている


『着替えたっけ?』


記憶もないけれど相手が風馬なら特別問題はない


部屋を出ると昨日の記憶を頼りに扉を開いた


メイク落としに基礎化粧品
歯ブラシに髪のオイルまで

愛用品が並んだ洗面台に感謝して
有り難く使わせてもらった


『風馬色々とありがとう』


ダイニングテーブルで待っていてくれた風馬にお礼を言うと


『社員へ日頃の感謝の気持ちです』


似非笑いの口元が見えた


ソファには毛布と枕が残されていて
風馬が此処に寝たことを意味している


「身体平気?」


毛布から視線を戻すとフッと笑った風馬は


「お陰様で身体だけは丈夫なもんで」


やっぱり似非笑いになっていた


サッと風馬の向かいに座って
長い髪を後ろで束ねる


あ、このゴムも用意されていたから
風馬の観察眼には驚かされる


『『いただきます』』


香りの良いコーヒーに
身体の強張りが解けるみたい

食後のデザートの苺に刺さったピックはサンタクロースで

最悪な日がクリスマスなのだと嫌でも自覚した


『昨日さ』


『ん?』


『バッグの中で通知音が鳴った』


『・・・うん』


風馬の視線はソファ前に置かれたままの私のバッグに向けられている

毎日欠かさず“おやすみ”のメッセージを送り合っているそれに

風馬の安眠を妨害したかと申し訳なくて眉を下げれば


『迷ってるのか?』
違う意味に取られたようだ


『ううん、面倒なだけ』


『手伝いは?』


『要らない』


『わかった』




◇◇◇




結局


昨日の後ろ姿を思い出すだけで苦しくて、風馬の前で彼に別れの電話をかけた

彼女のことを知らないと言い張った彼も、途中からは“遊び相手”と認めた挙句
彼女とは別れると最後まで渋ったもんだから話は長引いた


その様子を見ていた風馬に
『待ち伏せされる』と散々脅された所為で
一人暮らしをしていた部屋を解約して

風馬と同居することを選んだのだった








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