幼馴染二人の遠回りの恋
過去


風馬が立ち上げたウインドの記念すべき依頼第一号は、デパートコスメの新作発表会でのメイクモデルだった

登録者の少ない状況に急ぎの依頼だったこともあって、私が引き受けることになったんだけど


依頼主の担当者が“元カレ”の石川晴雄《いしかわはるお》だった


これは派遣さんに教えられた情報

二十五歳という若さでエリアマネージャーになった彼は
王子様キャラというのもあってかデパートでは有名な人物だったそうだ


サラサラの髪に泣き黒子が艶を与えるようなアーモンドアイ、鼻筋はノーズシャドウを入れたみたいに通っていて
薄い唇が三日月型に変化するだけで
持ち帰り希望の女の子が多発するらしい

名前の古臭さを嫌ってか街では“ハル”と呼ばれていた


私としては単純に晴雄を知らなかったことと、胡散臭い笑顔を貼り付けたイケメンに興味が無かっただけなのだが


常に女の子に囲まれるのが仕事なのに、唯一見向きもしなかった私に興味を持ったという


新作発表を兼ねたメイクモデルの仕事は、スッピンを晒すところから始まりフルメイクで終わる


午前と午後の二回の出番で手にしたお給料は破格だった


『棗ちゃんのお陰で、夏コスの売り上げも上がりそうだよ』


『それは、どうも』


『良かったら食事でも』


『イケメンの誘いは身体目当てだと疑ってかかるタイプなので』


『なんだよ、それ、美人の言葉とは思えないねぇ』


口元を手で隠しながら笑う王子様は、全く引く素振りを見せず

不毛なやり取りは延々と続き


『お店を指定して良いなら』


結局折れたのは私だった


『どこでも良いよ』


最初は似非笑いの王子様を困らせてやるつもりで誘いに乗っただけなのに


王子様には違和感ありありの年季の入った屋台にも嫌な顔ひとつしないばかりか
いちいち食べ物の好みが合うことにテンションは上がり
更には王子様のレスポンスの良さに最後はスマホの番号まで交換していた

“ハル”じゃなく晴雄と呼んでと特別感を持たされ
予定が合うたび食事に誘われたり
ドライブに出かけること数回


『彼女になって』という彼のストレートな言葉に頷くのは早かった


とはいえ、風馬の手伝いと学業で手一杯の私と不定休の彼の予定が合わないなんてことはしょっちゅう

特に気にもしていなかった私は彼との交際は“順調”だと思っていた


百戦錬磨の王子様からすれば
恋愛経験もない小娘なんて赤子の手を捻るより簡単だったのだろう

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