漫画(ネタ)のためなら結婚します!

2話 そのレンタル彼氏は偽物です!

◯水族館(イルカショーを行う会場の前)

すずめと偽物の楓は、すでに水族館の展示をあらかた見終わったところ。
次はイルカのショーを見に行こうと考えて、通路に張り出されている「ショーの時間」を確認している。

楓「イルカのショーは30分後か……」
楓「どうする、それまでコーヒーでも飲んでるか?」

すずめは楓の話を聞いておらず、繋いだ手を見下ろし、じっと考え込んでいる。

すずめ(手大きい……)
(実際に男性と手を繋ぐと、こんなかんじなんだ……)

すずめは楓と繋いだ手を持ち上げ、それをしげしげと見つめる。

楓「なんだ、手がどうかしたのか?」

声をかけられ、すずめはハッとして顔をあげる。
よく見ると、楓はすずめよりも随分と背が高い。

すずめ「あの、つかぬことをお尋ねしますが……」
楓「今度は武士か?」
すずめ「楓さん、身長は何センチで?」
楓「……180だ」
すずめ「180センチ!?」

すずめ(私が女子としてはちょっと高い165センチで、楓さんが180センチ……)
(つまり恋人同士で理想の身長差と言われる15センチ差!?)

感動して、キラキラとした目ですずめは楓を見上げる。
もう頭は漫画のことでいっぱいになっている。

すずめ(15センチ差って、見上げた時にこんなかんじなんだ……)

恋人の理想の身長差を実際に感じて、居ても立っても居られなくなったすずめ。
バッグからメモ帳を取り出し、感じたことをバババとメモをはじめる。
それを楓は、呆れ半分、面白さ半分という表情で見ている。

楓「また漫画の資料か?」
すずめ「はい! あの、すごいんですよ楓さん! 知ってますか? 恋人同士の一番理想的な身長差って15センチって言われているんです。楓さんが180センチで、私はちょうど165センチなんです。つまり私たちは理想の15センチ差ってことになります!」
楓「ふーん? なんで15センチなんだ?」
すずめ「それはですね……」

すずめは楓の手を引き、階段まで連れてくる。
自分が一段上に立ち、楓と向かい合う。
ちょうど顔が向かい合う程度の身長差になる。

すずめ「ほら、こうするとちょうど顔が向かい合うじゃないですか。女の子が一段上にあがって、男性と向かい合う! これって少女漫画では鉄板のシチュエーションなんです。キスしやすい身長差とも言われてまして、絶対じゃないんですけど、この法則をある程度守ったほうがキュンキュンする絵柄が描けるんです!(早口)」
楓「ふーん、キスしやすいねぇ……?」
すずめ「そうな、んです……」

にやにやと目の前で笑っている楓を見て、すずめはハッとする。

すずめ(しまった、私はなんてことを……!)
楓「たしか漫画のネタにするためにデートしてるんだったな? すずめ、キスしたことないんだろ? してみるか?」

ぐいっと顔を近づけてくる楓に、すずめは驚きと恥ずかしさで顔を真っ赤にする。

すずめ(ぎえーーー!)
すずめ「し、し、しま、!」
楓「……す?」
すずめ「……せん!」

狼狽えるすずめに、楓は笑う。

楓「わかってるよ、するわけないだろ、こんな恋愛経験ゼロ相手に」
すずめ「そ、そうですよね! きっと別料金ですもんね!」

ほっとしてすずめは胸を撫で下ろす。

すずめ(び、びっくりしたーー!)
(でも迫られる女の子の気持ち、わかっちゃった……)

すずめの脳内には、次々に描きたい漫画のシーンが浮かんでくる。

すずめ(はやく漫画にしたい〜!)


◯水族館(休憩所)

ベンチに座って、すずめはメモ帳に漫画のネタをバババとメモをしている。
そこに楓がコーヒーを持って現れる。

楓「ほら」
すずめ「ありがとうございます……」
楓「よくそんなに書くことがあるな」
すずめ「楓さんのおかげで、描きたいこといっぱいになっちゃいました」

楓は関心したように、すずめのメモ帳を見ている。

楓「すずめ、お前っておもしれー女だな……」

楓の言葉に、すずめはコーヒーを吹き出き、ゴホゴホと咳き込む。

楓「おい大丈夫かよ…」
すずめ「え、待ってください! それはもはや伝説の、俺様系イケメンになびかない女が、それゆえに面白がられるっていう王道すぎるセリフじゃないですか! うわ、現実に口にしてもらえるなんて光栄すぎます!(早口)」
楓「何言ってんだお前」
すずめ「楓さん、役柄に完璧すぎますよね! すごいです!」
楓「……」

呆れたように楓は立ち上がる。
時計を確認すると、そろそろイルカショーがはじまる時間。

楓「ほら、そろそろ行くぞ。イルカ見るんだろ」
すずめ「はい、行きます!」
すずめ「あの楓さん、私、デートとっても楽しいです」

すずめが素直に喜びの気持ちを表すことに、楓は面食らっている。
楓はそんなすずめを、とても珍しいものを見たような顔をする。

楓「……よかったな」
すずめ「はい!」

すずめ(レンタル彼氏すっごく楽しい! 大崎さんに感謝しなくちゃ……!)


◯水族館(イルカショー)

イルカショーをはしゃいで見るすずめ。
バッグの中で、ピコン、ピコン、と新規メッセージが届いているが、すずめはイルカショーに夢中で全く気がついていない。
メッセージは編集の大崎から。

大崎(ラインの画面)「先生〜!」
大崎(ラインの画面)「今どうしてるんですか〜?」


◯駅前(夜)

すずめは大きなイルカのぬいぐるみを持っている。

すずめ「これも買ってもらっちゃって良かったんですか?」
楓「記念だろ?」
すずめ「そうなんですけど……、でも私、お金も全然払ってないし」
楓「俺は女に払わせるつもりはねえよ」

すずめは笑顔で、お礼の意味で楓に頭を下げる。

すずめ「今日はすごく楽しかったです。これでもっと良い漫画が描けそうな気がします!」
楓「それは良かったな」

目つきは悪いが、笑うとずいぶんと雰囲気が柔らかくなる楓に、すずめはつい見惚れてしまう。

すずめ「あの、また予約取ってもいいですか?」
楓「……?」
すずめ「デートネタってあればあるだけ良いんです! 資料もたくさん集められたし、またこういう機会があれば、私の漫画ももっと……!」
楓「……」

つい言い訳のようなことを言ってしまい、すずめは顔を赤くする。

すずめ「いや無理にとは言わないんですけど……」
楓「おいスマホ出せ」
すずめ「は、はい」

差し出されたすずめのスマホを受け取り、楓は何かしらの操作をする。
そうして、再びすずめにスマホを返した。

楓「連絡先入れておいた」
すずめ「え? 楓さんの? あ、ありがとうございます?」
楓「また連絡する」

楓はそのまま踵をかえし、道の向こうに歩き去ってしまう。
すずめはその後ろ姿を見送ってから、楓からもらったイルカのぬいぐるみを抱きしめる。

すずめ(顔は怖いけど、なんか良い人だった…。)
(デートってこんなに楽しいんだ……)


◯駅の構内

ホームに立って電車を待ちながら、スマホを見ているすずめ。
楽しかったことを思い返し、ほくほくしている。

すずめ(今日は楽しかったな)

スマホ画面に、未読のメッセージが溜まっていることに気がつく。

すずめ(今日は一応デートだし、仕事の連絡は見ないようにしてたんだけど、けっこう来てるな……)

メッセージを開くと、そこには大崎からのラインが何件もある。

大崎(ラインの画面)「先生〜!」
大崎(ラインの画面)「今どうしてるんですか〜?」
大崎(ラインの画面)「本当にすみませんでした! やっぱり怒ってます?」
大崎(ラインの画面)「先生、連絡くださいよ〜!」

メッセージのほかにも、ペコペコと頭を下げて謝る動物のスタンプもついている。

すずめ(あれ? 大崎さんどうしたんだろ?)

すずめはその場で、大崎に電話をかける。
プルルル、という呼び出し音の後、すぐに慌てた様子の大崎が電話に出る。

大崎「せんせ〜! ようやく連絡くれた! 本当にすみませんでした〜!」
すずめ「……? 何がですか?」
大崎「何がってレンタル彼氏ですよ。ドタキャンだったじゃないですか。せっかくすずめ先生、準備してたのに」
すずめ「え、ドタキャン?」
大崎「楓さんって方から私にも入ったんですよ。インフルエンザだって。本当にすみませんでした、後日、また予約取りますから!」

すずめはスマホを握りしめて、呆然とする。

すずめ(え? じゃああの人誰だったの……?)


◯どこかの道路

楓と名乗った男が道に立っていると、目の前に黒塗りの高級車が停まる。
車の扉が開き、楓は当たり前のように高級車に乗り込む。
運転席には、黒スーツを着た男がハンドルを握っている。

運転手「おかえりなさい、中生(ちゅうせい)さん」

先ほどまで、すずめに「楓」と呼ばれていた中生は、後部座席に座る。

運転手「どうですか、“デート”は楽しめましたか?」
中生「まあまあ、な」
運転手「それは良かった。一時はどうなるかと思いましたが、親父の取り巻きもちゃーんと“デート”を見てたみたいなんで、もう中生さんに無茶な話を振ったりはしないと思います」
中生「だと良いんだがな……」


(2話おわり)




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