好きとは言わない誓約です
私と甲斐がこの秘密の誓約を交わしてから5ヶ月。


夏休みが明けてすぐに行われた席替えで、私はなんとマナと隣の席になった。


まあ、私側にちょっとした不正があったことは認めるけど、誰も席 番号の書き換えには気がついていないはず。

おそらくね。ドキドキ……。



机の上に椅子を裏返して、私は真ん中の列の一番後ろにガコガコ運ぶ。


私がようやくたどり着くと、マナはもう新しい席についていて、何やら漫画を読んでいた。


「え!なんでスマダン?! そこはギャプツバでしょ!!」

ついそう突っ込んだ。ツッコミ待ちかと思うではないか。


「ギャプツバなんて見飽きたっつーの」


マナはチラッと私の顔を見て、バカにしたように言った。


「だからって。あのマ……風間くんがさ。わざわざバスケ漫画だって。しかも今時」

おっと、危ない。勝手に心の中でマナって呼んでることが本人にバレたら、私は死ねる。


「バカにしてんのか」

マナはページをめくりながら適当に冷たくそう言った。


「ずいぶん古い漫画をご存知なことで」


「古いけどマジで名作だから。読んだことないなら読めば。持田さん」

そう言ってマナは、机の中からスマイルダンクの一巻と二巻を出して私に手渡した。


私は自分の名前が彼の口から流れ出たことに驚いた。

誰か知らない人の苗字みたいに現実味がない響きだった。




これが、マナと交わした初めての会話。


この五ヶ月、全く喋り掛けるきっかけも掴めず、私は攻めあぐねていた。


マナに好きだと言ってはいけない以上、私に残された道はマナと友達になることだけだ。


なって見せましょう。マナの一番の女友達に!!!



ところで、私は実はスマイルダンクを読んだことがあった。


父親がスポーツマンガ大好きで、スマダンもリビングの本棚のど真ん中に並んでいる。


でも私はマナがスマダンを差し出してくれた時「ありがとう。読んでみるね」と躊躇なく受け取った。


その日から、マナに漫画を借りると言う唯一の仲良しツールが生まれた。


まとめて何巻か貸してくれるマナに対して、私は一巻読み終わるごとにいちいちちゃんと返却して、その度にどうにか会話をしようと試みる。


「まっちゃんが、バスケがしたいでゲスって泣いてたよ」


「お前も泣いただろ?」

マナは漫画を受け取って得意げに言った。


「いやーあんまり。私、長髪好みじゃないからかな」


「待て待て。この後まっちゃん髪切ってマジカッコよくなるから。やべーよ。惚れるから」


あと何巻でこの漫画終わるんだっけ。

この漫画が終わったら私はどうやってこの人に話しかけるんだろう。

そんなことを思った。



マナは初めて話した時、確かに私の名前を知っていた。それだけで気分が上がる上がる。

でもそれ以降、マナは私のことをお前と呼ぶ。


マナが粗野だからと言うより、私の態度がマナに「お前」と呼ばせている要因な気がする。


マナに馴れ馴れしく話しかける女子なんて私くらいなものだし。


隣の席の特権。


そうじゃなくたって、私は謎の誓約のせいで無駄にハンデがあるのです。


これはなりふり構っていられません。


マナは中学生の頃から有名な人だった。


サッカーがうまくて背が高くてイケメンの風間学という人がいる。

という噂が、隣の私の中学にまで轟いていた。



ウチの兄が中学生の頃にプロサッカーチームのジュニアユースに所属していて、その試合を観に行った時、兄と同じジュニアユースの選手だったマナを私は初めて見た。


背が低くてチンチクリンなお兄と並ぶと、一つ年下なのにマナの方がずっと大きくて、中学生とは思えないダイナミックな動きでボールを追いかけていた。


あれが風間学くん。


観客席から私がずっと目で追っていたのは、お兄ではなくマナだった。


でも、その試合は兄の汰月の最後の試合。
次の試合から、兄は受験でジュニアユースから離れる。

今後試合を見に行くこともできなく……あ! と、そこで私はやっと甲斐の存在を思い出した。


お兄と一緒に甲斐もジュニアユースの練習に行っていたはず。

試合にはてんで出てこないからその時は忘れていたけど。



それから私は、甲斐から試合日程を聞き出す作戦に。


「いや、俺まだレギュラー取れてないんだけど。お前来る意味あるか?」

と不審がる甲斐を誤魔化して、その後も度々試合を観戦しにいった。


甲斐は相変わらず試合中ベンチにいることが多かったけど、試合前のウォーミングアップのときにはマナと親しげに話している姿を見かけた。


どうやら甲斐はマナと仲がいいらしい。


よしよし、持つべきものは社交的な幼馴染だ。


私は逐一、甲斐からマナの情報を得た。


そして高校に上がり、入学式の日にクラスでマナを見つけたときには何かの病気になったみたいに腕や足が熱く痺れた。


初めて見た時から、私はもうずっとマナが好きだった。
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