青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
里桜 act.2
 ベリプレのインタビューを受けた時に名刺をもらっていたから、カメラマンの連絡先は知っていた。

 里桜は榎戸直弥をベイサイドホテルのバーラウンジに呼び出し、窓際のテーブル席でギムレットをなめて待っていた。

 酒はあまり強くない。

 帽子と薄く色のついた眼鏡で顔を隠しているものの、周囲の客は久永里桜だと気づいてちらちらと視線を送ってくる。

 カメラバッグを肩に掛けた榎戸が真っ直ぐ近づいてきて、向かいの席に腰掛けた。

「どうも、こんばんは。有名女優さんがこんなしがないカメラマンに何のご用ですかね」

 榎戸はバーボンのハイボールを頼み、グラスを受け取るなり、喉を鳴らしながら半分流し込んだ。

 里桜は単刀直入に用件を伝えた。

「道源寺さんを陥れようとするのはやめてください」

「二股された相手をかばうとは、ずいぶんとウブなんだな」と、男がニヤける。「あんたの事務所が写真を撮らせたんだろ。それをどう受け止めるかは読者が決めることだ」

「お金なら払います」

「俺はそんな物要求してないぜ」

「じゃあ、どうしたらいいんですか」

 返事を拒むかのようにグラスに口をつけて視線をそらす。

 そんな思わせぶりな態度にしびれを切らした里桜は前のめりに相手との距離を縮めた。

「私のお願いを聞いてくれたら、どんな写真でも撮らせてあげます」

 男はハイボールのグラスを静かに置き、髭をいじり始めた。

「で、また、それを週刊誌に流せってか。都合のいい宣伝じゃねえかよ」

 里桜はテーブルの上で拳を握りしめてつぶやいた。

「ヌードでも……ですか」

 髭をつまんでいた手が止まる。

「よしてくれよ。どうせ録音でもしてるんだろ。その手には乗らないぜ。だいたい、箱入り娘の清純派女優がおっさんの前で裸になんかなれるわけないだろ」

「馬鹿にしないでください。私、女優ですよ」

「やめとけって」と、頭を振って髪をかき上げながら男が笑い出す。

「何がおかしいんですか」

「いや、なにね。古い映画のキザなセリフみたいだなって。ま、感謝するよ。一度、言ってみたかったんだ。『怪我するからやめろ』ってな」

 里桜がテーブルの上にカードを置く。

「部屋は自分で取りました」

 ベイサイドホテルのカードキーだ。

「女優として最高の写真を撮らせてあげます。だから、約束は守ってください」

 空になったグラスの中で、氷が静かに音を立てた。

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