金の葉と、銀の雪
  十一月のシカゴは、日本と違って冬の空気が強くなっている。紅葉がきれいだなと思った次の日に雪が降る、なんてことが多々あるそうだ。
 それは今日についてもいえることで、まだ暖かくて陽の高いうちに屋外での撮影を先に済ませることになった。
 簡単な顔合わせのあと、すぐに三琴のウェディング・ドレッシングがはじまった。

 教会に隣接したゲストハウスの控室へ移動すれば、ヴェネッサが早速、メイクツールボックスを開く。
 ベールガールのふたりは伯母さんの仕事を見学するのかと思えば、三琴が被るベールの手入れをしはじめた。ベールのティアラ部分の花の造形が崩れていたからだ。
 双子はキャッキャ、キャッキャ笑いながら、くしゃくしゃになった花冠の花びらを一枚ずつ丁寧に広げていく。くたびれていたティアラの花が瑞々しく咲き出した。
 控室の窓際に、花嫁メイクをするヴェネッサ、モデルの三琴、花嫁の衣装を整える天使の双子が並び、意図せずして温かな空気の光景ができていた。
 これをフォトグラファーの春奈が見逃すはずがない。彼女だってここぞとばかりに、三琴の変身の様子をカメラに収めていく。もうこうなれば、花嫁支度のドキュメンタリー撮影である。

(なんだか私、本当のお嫁さんみたい!)

 はじめは「え、そこから撮影がはじまるの?」だったけれど、これ、特別感に満ち溢れている。こんなふうにチヤホヤされていい気分にならないわけがない。三琴だって、いつの間にか女優になった気分でウェディングドレスを着せてもらっていた。

 白い衣装は主張が強くて、通常のメイクでは服に負けてしまう。だから花嫁メイクはしっかりとしたものになるのよとヴェネッサがいう。そんな花嫁メイクの裏話をききながら、ふと三琴は思う。

(まさか、こんな形で本格的にウェディングドレスを着ることになるなんてね~)

 実は入籍したものの、三琴はウエディングドレスを着ていない。
 なんと、二ヶ月前に瑞樹と入籍はしたものの、ただそれだけとなっていたのである。
 このことは、春奈には告げていない。モデルを依頼されたときに三琴は、それがちょっと気になっていた。
 瑞樹との結婚はいろいろあって、特殊なものになってしまった。でもそれは、仕方のないこと。
 だがそのせいで、無意識のうちにウエディングドレスに変な羨望みたいなものがわき起こり、モデルを務めるというのに表情が硬くなったらどうしよう、そんな心配をしていたのだ。
 でもいまプロのメイクアップアーティストにメイクされて、隣で双子が自分のためにウエディングベールの用意をしているのをみれば、あの心配は杞憂に終わる。
 結婚式を挙げている挙げていないに関係なく、女子にとって着飾ることは純粋に楽しいのである。

「さぁて、これでメイクは完了よ! リネット、ベール持ってきて」
 ヴェネッサがメイク終了を告げると、リネットが三琴にウェディングベールをそっと被せる。ヴェネッサはベールが崩れないように、結い上げた髪にピンで固定した。
「セレモニー以外で歩くときは、ドレスの裾はをこうやってまとめて持つのよ」
 ドレス着用時の歩き方を、三琴はヴェネッサから教えてもらう。こんなことも、ドレス着用のときだけのもの。お姫さまならではの作法に、そうなんだ~と変に三琴は納得してしまう。
 そして、屋外でのウエディングドレスの撮影がはじまった。


「ええー、ここ! すごい!」
 いざ三琴のお召し替えが終わって教会裏の撮影現場に出れば、そこは一面、黄金色の世界だった。去りゆく秋を惜しむかのように、庭園の紅葉はまさに最高潮となっていた。
 枝に残る葉が黄色く耀き、枝から離れた葉も黄色く大地を覆う。右をみても左をみても、下をみても軽く天を仰いでも、黄色、黄色、黄色。黄色の葉しかみえない。
 葉の黄色のすき間から晴れた空がみえて、黄色と青の対比が美しい。空の青以外には、世界にはこの黄金色しかなかった。

「へへん、素敵でしょ! 日本と違ってこっちは赤い葉がないんだって」
 眩しい黄色の理由がわかった。この庭園は、限りなく黄色の純度が高いのだ。
「何が違うんだろうと思ったら、そういうことね」
「ウェブで画像を確認してあっても、やっぱり実物は違うわよね~。百聞は一見に如かずだよ」
 ロケーションに惚れ惚れする春奈の声をききながら、もう一度、三琴も庭園全体を見渡した。
 間違いなく目に入る葉は、黄色しかない。赤く色づいた葉の木は、本当に一本もなかった。黄色でない色を探せば、紅葉直前の黄緑の葉だろうか。
 振り返って圧倒的な黄色の中にある小さな小さな教会をみれば、おとぎ話の世界に放り込まれた気分にもなった。

(この黄金色しかない中だと、真っ白のウエディングドレスってどう写るのかしら?)

 モデルの三琴はふと、そんなことを思ってしまう。
 そもそもが日本ではウエディングドレスを着て外に歩くこと自体が、とてもまれ。その上に黄金の庭という素敵なロケーションで、これはもう日本では絶対に体験できないこと。ますます三琴は楽しくなってきた。

「じゃあ、お嫁さん、いきますよ」
と、フォトグラファー春奈のかけ声。春奈、本領発揮である。
「エイミー、そっとベールをふわりとさせて」
と、春奈の横で演出家ヴェネッサの指示の声。ヴェネッサはメイクだけでなく舞台美術も手掛けるのだ。
「はーい」
と、ベールガールの双子の声のあとに、シャッター音が響きだした。

 撮影は雲ひとつない青空の元で撮影は続く。地上に変な影がなければ、風はふわりと柔らかに吹く。
 春奈とヴェネッサのいわれるがままに、三琴と双子は立ち振る舞う。「いいね、いいね」の春奈の声に乗せられて、気分はすっかりモデルだ。心の底から楽しめた。

 そんな中、タイミングよく強い風が吹いて、黄金色の葉が大きく舞い上がる。ひときわ高く軽くて小さい葉を空へ吹き飛ばし、風は去っていく。
 気まぐれな風が去ったあとで、天高く散った葉がひらひらとゆっくり降りてきた。これが、黄金色の葉のシャワーとなった。
「うわぁ~、葉っぱの紙吹雪だ」
「金色が揺れて、きれい」
 リネットとエイミーの無邪気な声。三琴だって撮影を忘れて、黄金色の葉の行方を目で追ってしまう。
 春ならバラの花びらがシャワーに相応しいだろう。だが、今は晩秋。色だってバラの赤やピンクでなく黄色。しかし、この上もなく金の葉はオータムウェディングを象徴する。
「そうそう、その設定で撮りたかったのよね~」
 自身のセッティングが思い通りに運び、春奈は満足だ。彼女の切るシャッター音がリズミカルに響いていく。

「次は、……てのどう?」
「伯母さん、あっちの石のベンチに座ったお嫁さんも素敵だと思う」
「じゃあ、そのままそこへ移動して、ベインヤードもバックに入れちゃお!」
 女子の理想をこれでもかと詰め込んでいく。五人の楽しい楽しいウェディングドレス撮影会は、まだまだ続くのだった。
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