猫憑き令嬢と忠犬騎士団長様~ヘタレで不憫な団長様は猫がお好き~
 普段、垂らしている水色の髪は後ろで三つ編みに。パッチリとした大きな緑色の瞳は、眼鏡でそっと隠す。
 そう、今日の私は探偵風に変装をしていた。

 というのは間違いで、モディカ公園にマクギニス伯爵家の者が、堂々と歩くわけにもいかないために、変装しているのだ。念のために、帽子もかぶって。
 騎士団長様に会うには、ちょっと失礼な装いだとは思ったんだけど、きちんと説明すれば分かってくれるはず。

 なにせこちらは依頼を受ける立場。無下(むげ)にはしないはずだ。いや、断りに行くんだけど。
 ううん。後々文句を言うような、せこい真似を“忠犬”ともあろう騎士団長様がするはずはないわ。多分……絶対……。

 でも、犬ってすぐに吠えるのよね。突然、大きな声で。騎士団長様もそうなのかしら。ちょっと怖いわ。

 しかし、すでにモディカ公園に来ていたため、引き返すことはできない。私が立ち止まると、前を歩く案内役の白猫が振り向いた。

「ねぇ、騎士団長様ってやっぱり怖いお方?」

 私はしゃがんで白猫に話しかけた。猫憑きだからといって、猫と話せるわけじゃない。勿論、ピナを通してなら、会話することはできるけど。
 だから、ちょっとした仕草や鳴き方で、喜怒哀楽くらいは読み取れた。

「そっか、分からないか。変なことを聞いてごめんね」

 傾げる頭に手を乗せて、撫で撫でしてあげる。目を細める白猫の表情に、私の心も自然と落ち着いた。

「凄いな。会話ができるのか」
「ひゃっ!」

 そんな和やかな場面に突然、後ろから声をかけられたものだから、私は思わず小さな悲鳴をあげた。
 咄嗟に口元を手で覆ったせいだろうか。私はバランスを崩し、横に倒れかけた。

「危ない!」

 私は後ろにいた人物に腕を掴まれ、辛うじて地面に当たることはなかった。ホッとした途端、そのまま腕を強く引っ張られ、立ち上がったところまでは良かった。

 ち、近い。近過ぎます!
 目の前に、(たくま)しい殿方の胸板が迫り、私は焦った。すぐに五歩ほど後ろに下がって謝罪する。

「あ、ありがとうございます。えっと、その……」
「いや、こちらこそ済まない。けして驚かせるつもりはなかったんだ。だからその、なんだ。来てくれて感謝する、マクギニス嬢」

 私は思わず顔を上げた。するとそこには、黒髪に水色の瞳をした背の高い男性が立っていた。
 さっきは一瞬、引いてしまったけれど、モディカ公園に似合わない、この強面(こわもて)の方はもしかして……。

「俺はカーティス・グルーバーだ」
「こ、近衛騎士団長様!?」

 ヒィー! ま、待って。心の準備というものが……!
 こっそりと遠くから見て、それから接触するつもりだったのに。こんな不意打ち。

 思わず私はどこか隠れる場所を探した。身を隠したい、本能がそう言っていた。けれど、それではあまりにも騎士団長様に失礼だ。

 どうしたら、と思った時、逃げずにいた白猫が、足にすり寄って来た。まるで、自分もここにいる、と自己主張しているように感じて、私は咄嗟に抱き上げた。
 そのまま白猫の体に顔を埋める。「にゃー」の一言に、私はハッとなって、騎士団長様を見据えた。白猫を抱いたまま。

「初めまして、ルフィナ・マクギニスです」

 案の定、騎士団長様はクククッと押し殺すようにして笑っている。

「随分とマクギニス伯爵とは違った令嬢なのだな、君は」
「た、確かに母とは性格は違いますが、これはその、人見知りが激しいだけですので、気になさらないで下さい。けして、騎士団長様が不快だとか、そういう意味ではありませんわ」
「そうか。それは失礼した」

 騎士団長様はそう言ったけど、私はなぜか釈然(しゃくぜん)としなかった。
 お母様とは違う、それがどういう意味なのか、分からなかったから? それとも、笑われたことに、まだ腹を立てているのだろうか。

「騎士団長様も悪いんですのよ。毎日、いらっしゃった所にいないで、話しかけてきたのですから」
「すまない。今日は猫たちが、どこかそわそわしているように感じて行ってみると、マクギニス嬢が猫に話しかけていたものだから」
「待って下さい。それはつまり、一目で私だと見抜いたということですか?」

 一応、変装したつもりだったんだけど、分かってしまうものなのかしら。
 完全に私だと認識できないのは困るから、髪の色などは変えなかったんだけど。でも……っ!

「始めは眼鏡をかけているから、マクギニス伯爵かと思ったのだが、それにしては……可愛いと思ってな」

 今の間は、幼いと言おうとしていませんでしたか? それを可愛いという言葉で誤魔化しましたよね。嬉しくありませんわよ。

「そうですか。二十五歳の騎士団長様にとって、十九の私は、確かに幼く見えるのでしょう」
「マクギニス嬢。俺はそんなつもりで言ったわけじゃないんだが」
「分かっていますわ。これはただの小娘の戯言(ざれごと)ですから」

 狼狽(うろた)える騎士団長様を見て、これで少しは驚かされた仕返しができただろうか、とちょっと意地悪な考えが頭を過った。
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