猫憑き令嬢と忠犬騎士団長様~ヘタレで不憫な団長様は猫がお好き~
第3章 一緒にご挨拶に行くんですか?
「ルフィナ、こっちだ」
「あっ、すみません」

 カーティス様に呼ばれ、王城の廊下を足早に歩いて向かう。久しく来ていなかった王城は、思った以上に代わり映えがなく。むしろそれが、私の胸の内にある緊張を加速させた。

 普段の軽装や、騎士団の制服も素敵だが、今日のカーティス様の服装は正装に近い、紺色の背広。
 黒髪と同系色なだけあって綺麗に(まと)められていた。さらに青いアスコットタイに付けられた白いブローチも、いいアクセントになって、とても素敵だった。

 本当に、格式ばった服装がよく似合う方だと思う。
 そんなことを思いながら近づくと、腕を掴まれて引き寄せられる。私がカーティス様の胸に手を当てたのが合図になり、ごく自然な流れで額にキスされた。

「もう言わないんだな」

 すぐに何のことだか分かった。
 プロポーズを受けたあの日から、カーティス様は事ある毎に、私にキスをするようになったのだ。額、頬は常で。大体が人前でするため、その都度やめてほしいと小さく訴えていた。

「廊下には今、誰もいませんので」
「それはつまり、慣れてくれたということか?」
「え?」
「俺のスキンシップに」
「牽制と言っていませんでしたか?」

 だから我慢してくれ、と婚約前から早々にカーティス様が、何度も念を押すように言うから私は……!

 そう、プロポーズを受けたからと言って、すぐに婚約を結ぶことはできなかった。何せ私は、その数時間前までシュッセル公子と婚約していたからだ。

 婚約破棄の手続きに数週間。さらにはシュッセル公子を近衛騎士団が捕まえたことで、カーティス様の仕事が倍増。
 なかなか会えないことで、私に変な輩が近寄ってくることを警戒したカーティス様が、そう言い出してきたのだ。

 そんな人間、いやしないのに、とカーティス様に言ってみたものの。「興味本位で近づく者もいるだろう」と一蹴された。

「ずっと牽制に決まっているだろう。俺の婚約者であっても、手を出してくるものはいるし、結婚した後だって変わらない。が、これに慣れてほしいとも思っている」
「つまり、終わらないってことですか?」
「諦めてくれ。婚約してからも、たまにしか会えないのが辛いんだ」

 そう、今の私とカーティス様の関係は、婚約者。
 本来なら、あと半年はかかるかもしれなかった婚約式を、ある人物が無理やり執り行ったのだ。

「気持ちは分かりますが、それを解消するために、ヴェルナー殿下が動いてくれたのではありませんか」

 カーティス様の仕事が忙しく、だからといって、何でもないただの令嬢が職場に出入りするのは不謹慎。
 それを見兼ねたヴェルナー殿下が、忙しいカーティス様に代わって、ゴリ押しで手続きを進めてくださったのだ。ご本人も、シュッセル公子の件で忙しいというのに。

 お陰で、騎士団やグルーバー侯爵邸への出入りが容易になった。といっても、数時間が限度。休日でさえも、体を休めてほしくて、そうしたのだ。

「感謝はしている。だから、貴重なルフィナとの時間を割いても、王城に来たんじゃないか」
「でしたら、そんな顔はしないでください、カーティス様」
「ルフィナの口から“様”が取れれば、少しは良くなるんだがな」
「ぜ、善処します」

 カーティス様は婚約式を終えたその日から、“嬢”を取っていた。暗に私にも、それを望んでいるのだと分かってはいるんだけど……。なかなかに敷居が高かった。

 近衛騎士団が在留している建物に入ると、団員たちを仕切る姿。慕われている光景。さらには、グルーバー侯爵邸での主としての振る舞い。
 どれをとっても格好良過ぎて、“様”を取ることができないのだ。

 一度、カーティス様にそれを伝えてみたら、プロポーズを受けた時と同じように押し倒されたので、言い訳はしないようにした。そう、私は素直に詫びることを覚えたのだ。

「それよりも早く向かいましょう。ヴェルナー殿下もお忙しい方なのですから」
「本当は紹介などしたくないんだがな……」
「何を言うんですか。これから私は、カーティス様の妻になる身。直属の上司であるヴェルナー殿下とのパイプは、必要事項です」
「ならば余計に、“様”を取ってもらわなければ、示しがつかない」
「何故ですか?」

 その話はもう終わったはずでは?

「ヴェルナーに揶揄(からか)われるからだ」
「……善処します」
「そうしてくれ。俺の未来の奥さん」

 耳元で囁かれ、頬にキスされた。本当に今、廊下に人がいなくて良かったと、心から思った。
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