猫憑き令嬢と忠犬騎士団長様~ヘタレで不憫な団長様は猫がお好き~
エピローグ 忠犬騎士団長様は怖くない
「どうかなさったんですか?」

 王城からの帰り道、マクギニス伯爵家へ向かう馬車の中で、私はカーティス様に声をかけた。
 ぶすっとした顔で隣に座られれば、誰だって聞くだろう。いや、この場合、聞いてほしいのかもしれない。もうそれくらいは分かるほど、共にいる様な気がした。

 実はシュッセル公爵家の汚職が、思った以上に難航しているのだ。そのため、私とカーティス様は婚約から半年経った今でも、結婚できずにいた。
 ある意味、仮面舞踏会並びに婚約破棄宣言で、酷い目に遭わせた私への嫌がらせかと思うほどだった。

「俺はまだ、猫たちに嫌われているのではないか、と思ってな」
「突然、何を?」
「あぁ、まぁ、これは独り言のようなものだから、聞き流してくれ」
「はい」

 カーティス様の猫に対する悩みは、多くある。何せ、彼らは『忠犬』という言葉に反応してしまうからだ。
 違うとピナを通して伝えても、しばらく経つと忘れてしまうらしい。そのいたちごっこに私も疲れ果ててしまい、放置することもしばしば。だからまた、その件だと思った。

「この間、巡回の最中にモディカ公園へ行ったんだ」
「はい」
「団員たちが、気晴らしに休憩がてら行ってきてはどうか、とな」
「カーティス様が普段からお疲れなのを、皆さんも気づいていらっしゃるんですよ」

 私が差し入れを持って行っても、温かく迎えてくれる近衛騎士団の皆さん。お疲れのところにお邪魔するのは悪いと思っているのだが、カーティス様のため、と言われれば断れなかった。
 そこまで団員さんたちに慕われているカーティス様だ。私もうんうんと頷きながら、先を促した。

「しかし、肝心の癒しがな。ないんだ」
「……グルーバー邸に帰れば、ラリマーがいますよ」
「ラリマーはどちらかというと、下心があって接してくれているように感じるんだが……」

 率先して、自ら連絡役に買って出てくれたラリマーが、下心?

「分からないって顔だな」
「……猫のことなのに、不甲斐ないです」
「そう拗ねないでくれ」

 腰を引かれ、頬にキスされる。今は馬車の中だからか、カーティス様も遠慮がなかった。

「下心があるのは、カーティス様の方では?」
「確かにな。ラリマーよりはあると自覚している」

 そういうと、横髪を耳にかけられ、こめかみに再び。私はいた堪れなくなり、音を上げた。

「分かりました。分かりましたから、ラリマーのことを教えてください!」
「構わないが、結果は同じだぞ」
「どういう意味ですか?」
「俺がルフィナを、グルーバー侯爵邸に連れて来るからだ」

 休日にお邪魔しに行っているというのに、何を? と思い始めた途端、その真意に気がついた。

「ラリマーにとって俺はネギを背負ったカモ、というわけなんだよ」
「っ! しかし、ラリマーの望み通りになるには、まだまだ時間がかかりそうですね」
「そうだな。このままグルーバー侯爵邸に帰れるといいんだが……」

 カーティス様……。

「あと、ルフィナの口から“様”が取れた、俺の名前も聞きたい」
「ぜ、善処します……」


 ***


 自室に着いたのと同時に、私は深い溜め息を吐いた。

「猫たちのこともそうだけど、私もいい加減にしないとなぁ」
「おかえり~、ルフィナ~。どうしたの~。また悩み~」

 スッと姿を現した、私に憑いている白猫のピナ。帰って来る度に、カーティス様のことや王城での出来事に一喜一憂していたから、ピナの方も慣れた様子だった。
 だから私も、素直に答える。

「うん。カーティス様のこと」
「今度は何~」
「……いつものこと、だよ」

 ピナはそれだけ聞いた後、しばらくの間、部屋の中を旋回した。半透明だけれど、まんまると太った白猫が、優雅に飛んでいるのは可愛い。
 カーティス様の言う通り、癒しだなぁ、と思っていると、ピナが私の膝に降りてきた。

「何度言っても伝わらないのは~、ルフィナが原因かもよ~」
「どういうこと?」
「ん~。カーティスに対して、よそよそしい~?」
「っ!」

 思わずピナに抱き着いた。

「“様”をつけて呼んでいるから?」
「多分ね~。僕はつけていないよ~」

 ピナがカーティス様って? 想像ができない。

「そっか。つまり、私の努力次第なのね」
「僕はルフィナのペースでいいと思うよ~。猫たちも気にしないし~。カーティスも気長に待ってくれるよ~」
「でも、婚約してから半年も経っているわけだし。そろそろ言えるようには、したいと思っているの」

 そう、頭では分かっているのだ。催促されたからじゃない。
 私も「カーティス」と言いたい。でも、本人を目の前にすると言えなかった。

「ルフィナは~。カーティスの嬉しい顔は見たくない~?」
「ううん。見たいわ」
「勇気、出ない~?」
「……どっちかっていうと、緊張して言えなくなるの」

 多分、それが一番近いと思った。するとピナは、その可愛い糸目を八の字にする。

「それなら~。こういうのはどうかな~」

 一度体を浮かせたピナが、そっと私の耳元に囁いた。ある解決策を。
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