ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
1、夏の終わりのゲスト

1 『ようこそ、ホテル・ポラリスへ』

ロビーラウンジに読み置かれた画集を手に、大和は青いビー玉のような瞳にほのかな笑みを浮かべた。

うららかな午後の光が降り注ぐ窓辺のソファに、詩集を紐解く老婦人の姿がある。
もう何時間、ああして進まぬページを眺めているのだろう。
時折、薄い溜め息をつきながら紅潮した頬を窓の外へ向けるその眼差しは、まるで夢見る文学少女だ。

ラウンジに併設されたライブラリーには、文学者だった亡き前オーナーの蔵書が収められている。
中には古書や希少本も含まれ、日がな一日読書に耽るゲストの姿も珍しくない。

窓の向こうには、花々の楽園が広がっていた。
ハイビスカス、ブーゲンビリア、ゼラニウム──咲き競う花々のまわりを、涼やかなラベンダーやジャスミンの花木が微笑むように囲んでいる。
浅黄マダラが、透けるような羽を震わせながら、そっと空にダンスを描いていた。

ゆるゆると、のどやかな時間(とき)の流れに、両の瞼が危うくひっつきそうになったその瞬間──
いきなり目を射るような反射光が飛び込んできた。
空気を震わせる、鋭く乾いたエキゾーストノート。

──すっげぇ! フェラーリ SF90 XXだ。

岬のホテルへの交通手段は車のみ。
高級車を目慣れたベルボーイでも、億を越えるレアモノにお目にかかるのは初めてだ。

どんな方が乗っておられるのだろう? ダンディーなイケおじかな?
沸き立つ気持ちを抑えるように、大和は車寄せへ向かった。

星座をモチーフにした瑠璃色のアロハシャツを整え、助手席のドアに手をかける。

「ようこそ、ホテル・ポラリスへ」

鼻先を撫でるムスクの香り。
すっと伸ばされた白いパンタロン、裾から覗く真っ赤なペディキュア、続いて大ぶりの黒サングラスの顔が現れた。

「あ゛~ぁ、しんど‼」
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