ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
軽やかな呼び出しメロディが、扉の向こうで響いている。
「ゼネラルマネージャーの幸村でございます。大変お待たせいたしました。ルームサービスをお持ちいたしました」
カチャリと解錠する音がして、象牙色のドアが無愛想に開いた。
「失礼いたします」
鄭重にお辞儀をして、ドアストッパーに身を屈めた頭の上から、煩わしげな声が降ってきた。
「奥のテーブルに置いといて」
立ち上がり、「かしこまりました」ともう一度頭を下げたときには、声の主はすでに廊下の向こうへと消えていた。
——わざわざ指名してきたくせに、素っ気ない。
待ちくたびれて腹を立てたのだろうか。ご夫婦客とのことだから、〈一目惚れしちゃってぇ〉の口ではなさそうだけど。ただの冷やかしか?
リビングルームに人の気配はない。
多恵は静かにワゴンを押して、窓辺のテーブルへと向かった。
潮騒が近い。
大きく開け放たれた窓一面に、眩い芝庭の緑と、澄み渡る海と空の壮麗な眺望。
岬の突端に建つポラリスは、海へ向かって傾斜する地形を活かして造られている。客室は全室オーシャンビュー。遮るものは、何もない。
地中海風のピュアホワイトの内装と、シンプルな調度品が、海の青さをいっそう際立たせていた。
シャンパンクーラーをテーブルに置いたとき、白いテラスに吊されたハンモックがふわりと揺れ、キビタキが心地よげに囀りはじめた。手すりの上で尾を振るわせて、雌を呼んでいる。
岬の森は野鳥の宝庫だ。
ホテルにも引きも切らずやって来ては、バードウォッチャーたちを愉しませてくれる。
多恵は、この南西のテラスからの眺めが好きだった。
ここからしか見えない景色がある。建物が弓なりの形をしているのは、そのためだ。
そこに込められた父の思いを、知る者は多恵だけだった。
物音に、鳥が飛び立った。
首を回した多恵は、思わず凍りついた。
「ゼネラルマネージャーの幸村でございます。大変お待たせいたしました。ルームサービスをお持ちいたしました」
カチャリと解錠する音がして、象牙色のドアが無愛想に開いた。
「失礼いたします」
鄭重にお辞儀をして、ドアストッパーに身を屈めた頭の上から、煩わしげな声が降ってきた。
「奥のテーブルに置いといて」
立ち上がり、「かしこまりました」ともう一度頭を下げたときには、声の主はすでに廊下の向こうへと消えていた。
——わざわざ指名してきたくせに、素っ気ない。
待ちくたびれて腹を立てたのだろうか。ご夫婦客とのことだから、〈一目惚れしちゃってぇ〉の口ではなさそうだけど。ただの冷やかしか?
リビングルームに人の気配はない。
多恵は静かにワゴンを押して、窓辺のテーブルへと向かった。
潮騒が近い。
大きく開け放たれた窓一面に、眩い芝庭の緑と、澄み渡る海と空の壮麗な眺望。
岬の突端に建つポラリスは、海へ向かって傾斜する地形を活かして造られている。客室は全室オーシャンビュー。遮るものは、何もない。
地中海風のピュアホワイトの内装と、シンプルな調度品が、海の青さをいっそう際立たせていた。
シャンパンクーラーをテーブルに置いたとき、白いテラスに吊されたハンモックがふわりと揺れ、キビタキが心地よげに囀りはじめた。手すりの上で尾を振るわせて、雌を呼んでいる。
岬の森は野鳥の宝庫だ。
ホテルにも引きも切らずやって来ては、バードウォッチャーたちを愉しませてくれる。
多恵は、この南西のテラスからの眺めが好きだった。
ここからしか見えない景色がある。建物が弓なりの形をしているのは、そのためだ。
そこに込められた父の思いを、知る者は多恵だけだった。
物音に、鳥が飛び立った。
首を回した多恵は、思わず凍りついた。