ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ？

──そう言うことか。

ポラリスは、近くに観光地や遊興施設があるわけでもなく、街に出るにも車で十分以上かかる。
だから、宿泊客の多くは、のんびりとおこもりステイをされる常連か、退屈知らずのカップルだ。

それを、女性同士ならいざ知らず、野郎二人でロイヤルスイートに一週間も同宿するなど、確かに普通ではない。

昔の関係を思えば、信じたくなかったけれど、今のは決定的だった。男が真昼間からバルコニーで抱き合って、うっとりとセレモニーに見入っているなんて。

──バイセクシャルだったんだ。

知りたくなかった〜。

と言うことは、玲丞が口にした〝彼〞とは〝カレシ〞のことで、〈藤崎のカレシが結婚した〉のに、胡蝶のママが取り違えていたということか。

多恵は、性的マイノリティに偏見はない。 ボストン時代の上司もレズビアンだとカミングアウトしていたし、尊敬すべき人格者だった。

だけど、いざ自分が当事者となると、うまく感情を飲み込めない。
男を抱いたその手で、自分も抱かれていたのかと思うと、全身が穢されたような気分だ。

それに、留守中のマンションに、彼を〝玲丞〞と呼ぶ女性がいたことは事実だ。

つまり、二股どころか三股をかけられていた？　それも、相手は男と女の両方。

──バカにして！

多恵は、怒りに忘我して、テラス席からフェルカドへ突き抜けて、すぐに慌てて引き返した。
ウッドデッキの片隅に、探していたシルエットを見たような気がしたからだ。

戻ってみると、やはり上倉桔平が、暢気にタバコをふかしながら式を傍観していた。


「おう、ユキ、どないしたんや？　えらいおっそろしい顔して」

東京になじんだ関西弁。今どき流行らない潮焼けしたサーファーカット。
夏はサーフィン、冬はスノボと、一年中真っ黒に日焼けした筋肉質の男が、この暑い中、きっちりブラックスーツを着込んで、似合わない蝶ネクタイを締めている。

その視線が右膝に落ちたのを見て、多恵は小恥ずかしそうに、汚れた膝頭を手で隠した。

「何や、またすっ転んだんか？　昔からようこけたりぶつかったりする奴ちゃなぁ。前しか見とらへんさかいや。マグロか、お前は」

「桔平さん、時間があったらちょっとお話があるんですけど……」

「そりゃ嫌味か？　見てのとおり時間ならあり余っとるわい。いらんことはするなと、珠州にきっつう釘刺されとんのや」

桔平は豪快に笑った。

彼と妻の珠州は、多恵の元上司。現在はブライダル会社を夫婦で経営し、ポラリスのウエディングプランも手がけている。

ガーデンパーティー開始まで、あと30分。航太も貴衣もセッティングのサポートにまわり、コカブはクローズ中。

多恵は、小さく手招きをした。